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1 持統天皇作
★ 風薫る ★
春は過ぎ
いよいよ夏が
来たらしい
真っ白な衣が
干してあるのが
見えている
ああ
青葉の茂った
あの
天の香具山(かぐやま)のふもとに
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2 志貴皇子(しきのみこ)作
★ 春になったよ ★
雪解けのために
かさを増し
激しい勢いで
石の上を
流れる水
滝のほとりのわらびが
芽を出した
待ち焦がれて
いよいよ
春になったよ
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3 柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)作
その一
★ いわゆるグレイトなランドスケープ ★
大和(やまと)の
阿騎(あき)の野に宿り
目が覚め
東の空を見やると
すでに
茜色(あかねいろ)の光が
差し染めている
さて
西の方を
振り返って見ると
今や
野末(のずえ)に
残月(ざんげつ)が
没(ぼっ)しようとしているところだった
東(ひむがし)の野に
かぎろひの
立つ見えて
かへり見すれば
月傾(かたぶき)ぬ
柿本人麻呂
万葉集、巻一三十六歌仙の一人
その二
★ 麻呂はちょっぴりセンチメンタル ★
ほろび果てた
大津の都の
跡に立ち
天智天皇の代(よ)を偲(しの)び
悲しみにたえないのに
夕暮れの波に
群がり飛ぶ千鳥よ
お前たちの
鳴き騒ぐ声を聞くと
心も打ちしおれて
いっそう古(いにしえ)のことが
偲(しの)ばれてならない
淡海(おうみ)の海
夕浪千鳥
汝(な)が鳴けば
情(こころ)もしのに
古(いにしえ)思ほゆ
柿本人麻呂
万葉集、巻八淡海の海:琵琶湖
その三
★ 追憶の日々 ★
黄葉(こうよう)の散る時節
妻の死を知らせる
使いの者が
やって来た
わたしの妻だった人よ
しみじみと
切なく
思い出されるのは
あなたに出会った
その日のことです
(死者の魂は、花の咲き乱れる美しい山やもみじの美しい山にひかれ入ってゆく。)
黄葉(もみぢば)の
散りゆくなべに
玉梓(たまづさ)の
使ひを見れば
逢ひし日思ほゆ
柿本人麻呂
万葉集、巻二
4 天武(てんむ)天皇作
★ 戯れ ★
私の里(飛鳥の都)には
どうだ
もう大雪が
降ったぞ
そなたの里
古びた大原に
雪が降るのは
もっと後のことだろう
わが里に
大雪降れり
大原の
古(ふ)りにし里に
降らまくは後(のち)
第四十代 天武天皇
万葉集、巻二
大原:飛鳥の都の東南1キロの地
● 藤原夫人(ふじわらのぶにん)の返歌
★ 応酬 ★
わたしの住む
大原の里の
竜神様に
言いつけて
降らせた
雪のくだけたのが
そちらに
降ったのでございましょう
それを得意に
なっておっしゃって・・・
わが岡の
おかみに言ひて
降らしめし
雪のくだけし
そこに
散りけむ
藤原夫人
万葉集、巻二
藤原鎌足の娘で、天武天皇に仕えた女性
5 大伯皇女(おおくのひめみこ)作
その一
★ 不穏 ★
私の愛する弟(大津皇子)を
都へ帰しやるというので
別れを惜(お)しみ
いつまでも
見送っていると
いつしか
夜も更(ふ)け
明け方の
冷ややかな露に
しっとりと濡(ぬ)れ
私は
佇(たたず)んでいた
わが背子(せこ)を
大和(やまと)へ遣(や)ると
さ夜(よ)ふけて
暁(あかとき)露(つゆ)に
わが立ち濡(ぬ)れし
大伯皇女
万葉集、巻二
天武天皇の皇女。
弟である大津皇子(おおつのみこ)が、父である天武天皇の崩御後、皇太子である草壁皇子(くさかべのみこ)に謀反(むほん)を企てたとして処刑される直前に、伊勢斎宮であった姉の大伯皇女(おおくのひめみこ)を訪ね、その別れに際して弟の身を案じて詠んだ歌。
その二
★ 祈り ★
二人で行ってさえ
越えがたい
ものさびしい
秋の山々を
弟(大津皇子)は
今ごろは
どのようにして
一人で
越えているのでしょうか
ふたり行けど
行き過ぎがたき
秋山を
いかにか
君がひとり
越ゆらむ
大伯皇女
万葉集、巻二
● 大津皇子(おおつのみこ)作
★ 従容 ★
この磐余(いわれ)の池に
鳴く鴨(かも)を
今日限りに見て
私は
死んでしまうのであろうか
百伝(ももづた)ふ
磐余(いわれ)の池に
鳴く鴨(かも)を
今日のみ見てや
雲隠(くもがく)りなむ
大津皇子
万葉集、巻三
天武天皇の第三皇子。
草壁皇子(くさかべのみこ)に対する謀反(むほん)の疑いをかけられ、天武天皇の崩御(ほうぎょ)後二十余日にして処刑された。時に二十四歳。
● 大伯皇女(おおくのひめみこ)作
その三
★ 悲痛 ★
この世に遺(のこ)された
私は
明日からは
弟を葬(ほうむ)った
この二上(ふたかみ)山を
愛する弟と思って
眺(なが)めようか
うつそみの
人にあるわれや
明日(あす)よりは
二上(ふたかみ)山を
いろせと
わが見む
大伯皇女
万葉集、巻二
6 柿本人麻呂歌集より
@ 詠み人知らず
★ あなたのために ★
あなたのために
腕も疲れて織(お)った
着物です
春になったら
どんな色に
染めつけたら
よいでしょうね
君がため
手力(たぢから)疲れ
織(お)りたる衣(きぬ)ぞ
春さらば
いかなる色に
摺(す)りてば好(よ)けむ
万葉集、巻七
A 詠み人知らず
★ 姿 ★
水門の
葦(あし)の葉を
誰が
手折(たお)ったの
船出する
愛しいあなたが
振る手を
見ようと
私が
手折ったの
水門(みなと)の葦(あし)の
末葉(うらば)を誰(たれ)か
手折(たお)りし
わが背子(せこ)が
振る手を見むと
われぞ
手折りし
万葉集、巻七水門は河口・海峡・湾頭などの舟の出入口のこと。
末葉は草木の先端の葉のこと。
7 高市黒人(たけちのくろひと)作
★ 鶴鳴き渡る ★
桜田の方へ
鶴が鳴きながら
群れ飛んで行く
年魚市潟(あゆちがた)の
潮が引いたらしい
鶴が鳴きながら
群れ飛んで行く
桜田へ
鶴(たづ)鳴き渡る
年魚市潟(あゆちがた)
潮(しお)干(ひ)にけらし
鶴(たづ)鳴き渡る
高市黒人
万葉集、巻三桜田は今の名古屋市南区にある旧地名。
年魚市潟も名古屋市南区のかつて入海となっていた低地帯。