万葉わーるど  第一期 作歌群




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1 雄略天皇作

★ 結婚しようよ ★

よいかごを手に持ち

よいへらも手に持って

この岡で

菜を摘んでおられる
娘さん

あなたのお家が聞きたい
あなたの名をおっしゃいな

この大和の国は
すべて

この私が従え
治めているのです

その私にこそは
教えてくれるでしょう

あなたの家も名をも



(名前には神秘な霊魂が宿る。名前を相手に告げることは、わが身の霊魂を相手に捧げ、相手に心身を委ねること、つまり求婚への承諾となる。)


   



籠(こ)もよ 
み籠(こ)持ち 

ふくしもよ 
みぶくし持ち

この岡に
菜(な)摘(つ)ます子 

家聞かな

告(の)らさね

そらみつ
大和の国は

おしなべて
われこそ居(お)れ

しきなべて
われこそ座(ま)せ

われにこそは
告(の)らめ

家をも名をも


第二十一代、雄略天皇
万葉集、巻一

万葉集開巻第一の歌




2 舒明(じょめい)天皇作

その一

★ 期待はずれ ★

夕方になると

いつも決まって鳴く
小倉の山の鹿は

今夜に限って
鳴かない

さては 
妻を得て

安らかに
寝てしまったらしい


(鹿は妻を恋い慕って鳴く。)




夕されば
小倉の山に
鳴く鹿は

今夜(こよい)は
鳴かず

い寝にけらしも


第三十四代、舒明天皇
万葉集、巻八



その二

★ ビューティフル・ヤマト ★

この大和の国には
多くの山々があるけれど

中でも美しく整った
天(あめ)の香具山(かぐやま)よ

この山に登り立ち
国内を
見渡すと

広々とした
国土に

炊煙(すいえん)が

あちらにも
こちらにも
立ち昇(のぼ)っている

埴安(はにやす)の池の
広い水面には
一面に

水鳥たちが
あちらに飛び立ち

こちらに飛び立ち
している

すばらしい国よ

この大和の国は




大和には
群山(むらやま)あれど
とりよろふ
天の香具山

登り立ち
国見をすれば
国原(くにはら)は
煙(けぶり)立ち立つ

海原(うなはら)は
鴎(かまめ)立ち立つ

うまし国ぞ

蜻蛉島(あきづしま)
大和の国は


第三十四代、舒明天皇
万葉集、巻一




3 有間皇子(ありまのみこ)作

★ はかない望み ★

和歌山は
磐代(いわしろ)の

浜辺に生えている
松の枝と枝とを引き結び

無事であったならば

再び
ここへ帰って
これを見よう

無事であったならば


(長寿の象徴である松の枝と枝とを引き結んで自分の魂を結び留めておくと、無事に再びそこへ帰って来ることができる。)




磐代(いわしろ)の
浜松が枝(え)を
引き結び

ま幸(さき)くあらば

また還(かえ)り見む


有馬皇子:孝徳天皇の皇子
万葉集、巻二

 大化の改新後、謀反の疑いで護送される途中紀伊の磐代で詠んだ歌で、この歌を詠んだ磐代までは戻れたが、直後藤白にて絞首に処せられた。時に十九歳。





4 中皇命(なかつすめらみこと)作

★ 金弭の音 ★

わが大君(おおきみ)が

朝は手に取り

夕べには
その傍(そば)に
寄り立って

お慈(いつく)しみになる

ご愛用の
梓(あずさ)の弓の

金弭(かなはず)の鳴る
音がする

朝の狩(かり)に
今お出かけになるらしい

夕べの狩に
今お出かけになるらしい

ご愛用の
梓の弓の

金弭(かなはず)の鳴る
音が聞こえる


(金弭:弓の両端の弦をかける部分(弭)が金属製になっている)



やすみしし
わご大君(おおきみ)の

朝(あした)には
とり撫(な)でたまひ

夕(ゆうべ)には
い倚(よ)り立たしし

御執(みと)らしの
梓(あづさ)の弓の

金弭(かなはず)の
音すなり

朝猟(あさかり)に
今立たすらし

暮猟(ゆうかり)に

立たすらし

御執(みと)らしの
梓の弓の

金弭(かなはず)の
音すなり


中皇命:天智天皇の妹
万葉集、巻一

 




5 天智(てんじ)天皇作

その一

★ 三角関係 ★

香具山(かぐやま=男山)は
畝火山(うねびやま=女山)を
いとおしみ

耳梨山(みみなしやま=男山)と争った

神代(かみよ)からこのように
男は妻を争って
戦うものであったという

古代もそのようであったから
今の世の人も

妻をわがものとしようとして
争うものであるらしい




香具山は
畝火を愛(お)しと
耳梨と
相争(あいあらそ)ひき

神代(かみよ)よりかくなるらし

いにしへも
然(しか)なれこそ

うつせみも
嬬(つま)を争ふらしき


第三十八代、天智天皇
万葉集、巻一

 はじめ中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)と呼ぶ。天智天皇は弟の大海人皇子(おおあまのみこ=後の天武天皇)と額田王(ぬかたのおおきみ)をめぐって争ったことがある。



その二

★ 雄大壮麗 ★

海上に
おおらかになびいた
雲には

夕日が

美しく

美しく
差している

今夜の月も

さやかに
照ってほしい




わたつみの
豊旗雲(とよはたぐも)に
入日(いりひ)さし

今夜(こよい)の月夜(つくよ)

まさやかにこそ


第三十八代、天智天皇
万葉集、巻一




6 額田王(ぬかたのおおきみ)作

その一

★ 秋山の勝ち ★

春がやって来ると
冬の間鳴かなかった
鳥たちも
やって来て鳴く

咲かなかった花々も
咲いている

けれど

木々が
茂っているので
山に入って花を
摘むことはしない

草が深く茂っているので
手折って
愛(め)でることもしない


秋山の木々の葉を見ると
紅葉(もみじ)したのは
手に取って愛で

青いのは
そのままにおいて
嘆(なげ)くしかない

そこが本当に恨(うら)めしい

それでも
やっぱり

秋山だなあ

わたしが好きなのは




冬ごもり
春さり来れば
鳴かざりし鳥も
来鳴きぬ

咲かざりし花も
咲けれど

山を
茂み入りても
取らず

草深み
取りても見ず

秋山の
木(こ)の葉を見ては
黄葉(もみ)つば
取りてぞしのふ

青きをば
置きてぞ嘆(なげ)く

そこし恨(うら)めし

秋山われは


額田王
万葉集、巻一



その二

★ 秋の風 ★

わが君(天智天皇)の
お出でをお待ちして

ひたすらに
恋い慕(した)っていると

家の戸口の
すだれを

ふいに
揺(ゆ)らすもの

秋の風が
吹いてくる




君待つと
わが恋ひ居(お)れば

わが屋戸(やど)の
すだれ動かし

秋の風吹く


額田王
万葉集、巻四





その三

★ 困った人ね あなたったら ★

美しい紫草の
植えてある
この御料地(ごりょうち)を

あなた(大海人皇子)は
巡り歩いては

そんなに袖を振って

私に向かって
合図をなさる

困るではありませんか

野の番人に見られては


 (今自分は天智天皇の后(きさき)であり、人目もはばからず求愛の情を示す大海人皇子(おおあまのみこ=天智天皇の弟)に対して、口ではそれをたしなめながらも心では密かに皇子を慕っている複雑な心境が詠われている。)



あかねさす
紫野行き

標野(しめの)行き

野守(のもり)は見ずや

君が袖振る


額田王
万葉集、巻一

 



大海人皇子の返歌

★ 恋せずにはいられないんだもの ★

あでやかで美しいあなたよ

あなたをいとおしく
思えばこそ

人妻であっても

恋せずにはいられない




紫の
にほへる妹を
憎くあらば

人妻ゆゑ(え)に

われ恋ひめやも


大海人皇子:天智天皇の弟で、後の天武天皇
万葉集、巻一



 





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