読み方の技術

裏ワザ編
33 エロティシズムを読むヒント

 性欲は、食欲や睡眠欲と並ぶ人間の基本的欲求ですが、生殖以外の目的で性行為を営めるのは、地球上のあらゆる生物の中で、ただ人間だけといわれています。実際の性行為に及ばなくとも、イメージをふくらませることで、エロティックな気分に浸れます。
 個人の領域に置かれているはずのエロティシズムが、古来から大きなテーマに成り得ていたのは、人間が生きる強いモチベーションであり、最も親和的なコミュニケーションだからです。社会秩序をコントロールするには、制度化する必要があったのです。
 『聖書』の中でも、近親相姦や同性愛が禁じられていますが、それはモラルというよりも、種の存続を実現するために子孫を産み増やさなければ、人類の歴史が途絶えてしまうからです。タブーとされていることは、逸脱した現実が存在したという証明です。
 知識と経験が蓄積されて、人間の意識が広がりを持つに連れて、性のタブーもさまざまに演出されます。個人を共同体の支配下に治めるためには、性的なイメージを抑圧することが効果的だったからでしょう。権力者は性意識を規範の内側に閉ざしました。
 個人の内的エネルギーの発露は、文学や芸術として表現され、人々の意識の中の性に対するタブーも、しだいに緩やかになっていきます。共同体と個人の確執は、法廷の場で争われ、長い時間をかけながら、性に対するイメージは自由になっていったのです。
 日本でも、伊藤整が翻訳した『チャタレー夫人の恋人』、渋澤龍彦が翻訳した『悪徳の栄え』を巡り、エロティシズムについての論議が尽くされました。開放されるに連れて魅力が薄れていくことも、エロティシズムの謎が深いことを示しています。

・ 文学からアプローチする
 エロティシズムは文学の主要なテーマですから、読まなければならない本は無尽蔵です。G・バタイユの『エロティシズム』や、ボーボアールの『第三の性』は、すでに古典と考えても良いでしょう。近松門左衛門などは、情念の世界を知る手がかりになります。

・ 芸術からアプローチする
 彫刻や絵画など、ルネッサンス期の作品を中心に、エロティシズムの美学は追求されています。一番わかりやすいのは、やはり映画でしょう。マリリン・モンローが20世紀の衝撃であったように、エロティシズムを五感でイメージさせる表現手段です。

・ 歴史からアプローチする
 キリスト教の歴史は、エロティシズムに彩られています。魔女裁判などの異端糾問は、個人の精神の深部を白昼にさらけ出すことで、大衆心理を操ろうとする意図が表れています。百年戦争を駆け抜けたジャンヌ・ダルクも、エロティックではないでしょうか。

・ 社会からアプローチする
 エロティシズムは、社会規範の中で位置付けられます。『古事記』や『日本書紀』の神話世界から、性の社会的役割は明らかにされています。個人のエネルギーが、いかに集散されていくのか、そのシステムを知ることで、エロティシズムの本質に迫りましょう。

 エロティシズムの擬態は、夕暮れの街の灯りにも表れます。そうした現象も含めて、人間という存在を理解しましょう。薄っぺらに捉えないほうが賢明です。

  
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