読み方の技術

裏ワザ編
31 フィクションを裏読みする

 フィクションとは虚構のことであり、一般的には小説や物語をさします。事実に基づいて書かれたノンフィクションと対比されますが、一方でT・カポーティの『冷血』やW・スタイロンの『ナット・ターナーの告白』は、ノンフィクション・ノベルと呼ばれます。
 登場人物も舞台設定も架空であり、ストーリー展開も自由なのですから、さぞや荒唐無稽な作品が生まれると思いますが、ひと握りの実験的な創作を除けば、わかりやすい作品が多いように思われます。ル・クレジオの『調書』などは異端と考えられます。
 これは、私たちの想像力の問題です。著者の描いた世界を私たちが理解できなければ、それは表現として成り立たないわけですから、イマジネーションの及ぶ範囲内で、著者は物語の世界を築きあげるのです。著者自身の想像力にも限界があります。
 私たちは、経験したことや学習したことの延長線上でしか、イメージを描くことができません。習得した知識をデフォルメしたり、組み合わせながら、新しい形をつくりあげていくのです。まったく新しい発想と喜んでも、分解してみれば既知の発想なのです。
 そうしたことがわかっている著者は、作品にリアリティを与えます。実世界を写実するのではなく、独自の秩序をフィクションの内部に築くのです。実社会と無縁の世界を描こうとするのではなく、位相のずれた世界を創出しようと試みます。
 この距離を微調整すれば、表現する意味の深さが読めます。カミュが『異邦人』の舞台を、なぜ乾いた土地にしたのか、ムルソーが銃を撃ったときに照りつけていた太陽は、今も私たちの頭上に輝いている太陽なのか、イマジネーションで距離を埋めましょう。

・ 現実との接点を見つけよう
 物語の書き手は、現実の世界に生きています。イマジネーションの発信ベースは、私たちが暮らす日常生活です。繋がれた糸の結び目には、見慣れた風景があるはずです。そこから物語の扉を開けば、たどるべき道も浮かび上がってきます。

・ 何をデフォルメしているか
 書き手がピントを合わせたい対象ほど、モデルがわからないようにデフォルメされています。この実態を明らかにすることが、物語の謎を解く鍵になります。政治権力であったり、モラルであったり、表立って攻撃できないターゲットかも知れません。

・ 描かれた世界の秩序を探る
 フィクションの書き手は、作品に対して絶対権力を振るいます。独自の価値基準に基づいて、新しいルールを確立するのです。反社会的であろうと、モラルを逸脱しようと、絶対権力者が定めたものが正しいのです。この秩序体系を理解することが必要です。

・ 読者をどこへ導きたいのか
 著者の敷いたレールに従い、鉄路をどこまでも進むと、終着駅には何が待っているのだろうか? 物語のページを閉じて、現実世界に舞い戻ったとき、どんな行動を求めるのだろうか? 著者の意図を素直に受けとめることが、フィクションを読みこなすコツです。

 フィクションを夢中になって読み、何も心に残していなければ、人生にとって大きな損失です。メインテーマを把握して、しゃれた表現に酔いましょう。

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