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11 歴史小説を読むポイント

 歴史小説というスタイルは、19世紀にイギリスで成立しました。デュマの『モンテ・クリスト伯』などが有名ですが、その後もトルストイの『戦争と平和』や、ショーロホフの『静かなドン』などの名作が、次々と世に送り出されてきました。
 日本では明治の近代文学の草創期に、歴史文学の基本的な性格付けがされています。坪内逍遙は『小説神髄』の中で、歴史小説は正史や風俗史の漏れを補うものであり、年代や事実や風俗を誤って描いてはならないと主張しています。
 つまり、過去の歴史を舞台として設定しても、荒唐無稽なシチュエーションや、事実に反するフィクションは、歴史小説とは呼ばないということです。『滝口入道』で知られる高山樗牛は、この概念を窮屈すぎるとして退けました。
 その後の展開を見ますと、坪内逍遙の論を中心に据えて、日本の歴史小説は発展したようです。森鴎外の『渋江抽斎』や島崎藤村の『夜明け前』は、文学的完成度の高い歴史小説と評価されています。私たちが読むには、少々肩が凝るのも事実です。
 歴史小説が身近なものになるには、司馬遼太郎の登場を待たなければなりません。『梟の城』で直木賞を受賞して以来、『龍馬が行く』『国盗物語』『坂の上の雲』『世に棲む日々』など、常に話題作を提供し、歴史の中で生きる個人の可能性を描きました。
 この他にも、山岡壮八の『徳川家康』や大佛次郎の『天皇の世紀』など、読んでおきたい歴史小説は目白押しです。アカデミックな正史を読む堅苦しさがなく、歴史の真実を理解できますから、歴史小説の人気が衰えないのも頷けます。

・ 歴史的事実を知る
 12世紀の終わりに鎌倉幕府が成立し、貴族社会が崩落したなど、歴史的事実を知らなければ、感情移入できません。中学校の教科書に書かれている程度で充分ですから、基本的な流れをサラッと勉強しておきましょう。格段におもしろくなります。

・ 時代背景を捉える
 それぞれの時代の風俗や習慣を踏まえて、人々が共有する価値観を理解しましょう。私たちの時代のモノサシで、登場人物の行動を測らないことです。東京から大阪まで新幹線や飛行機で移動する感覚で、東海道をたどらないことが肝心です。

・ 関係図を整理する
 登場する人物の置かれた状況や、それぞれの利害関係を整理して、客観的な関係図を描きましょう。一つひとつの歴史的必然が納得できるのも、関係の構図に説得力があるからです。人間の行動は恣意的でなく、唯一の選択とわかります。

・ 心理描写を考える
 時代の波に呑み込まれそうな状況で、個々の人間が自らの立場を貫き通し、課せられた歴史的役割を果たします。そのときに、何を思い、何を考えたのか、登場人物の気持ちになって、泣いたり笑ったりしましょう。本気でのめり込むほど、血になり肉になります。

 歴史小説のシチュエーションは、人生や仕事の追体験を可能にして、イマジネーションをふくらませます。読み終わった後に、視野の広がりを実感します。

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