「センター試験は生徒の英語力を検定したか(その2)」について


 4月号本欄で池上博氏がセンター入試の文強勢の問題について,対策の立てようがないと嘆いておられるのを読み,私は7月号で文中の最も強調される語を予測するルールを挙げ,対策を立てることが可能と述べた。しかし,池上氏は9月号でも「(答は)haven'tでもthoughtでもいいのではないか。また,実際には判然としないのではないか一と主張されている。
 繰り返すが,あの会話の流れでは,I haven't thought about it.はthoughtが最も強調して発音されるというのが現実であり,従って試験の答えであり,もしhaven'tを最も強く発音すればその語が強調されることによって文の意味は「あなたもしつこいわねえ,さっきも言ったでしょう,私はまだ何も考えていません!」というニュアンスを帯びてしまう。
 この文の正しい強勢の置き方は,単語を特に強調せずに単独で発音するときの強勢の置き方と同じで,強勢の位置を入れ替えると,強調の意味が加わったり品詞が変わってしまったり存在しない発音になってしまうため,単語を覚えるときは何はともあれその正しい強勢の置きかたも合わせて覚える,と言われていることに通じる。(しかし英単語の強勢の位置を予測するルールと比べたら文強勢のルールはずっと簡単である。)例えばintemationalという語は単独で発音すると ìnternátional のように初めの音節に第二強勢,3音節目に最も強い強勢が置かれる。これを,1音節目を最も強く発音してínternàtionalと言うときは,例えばI said INternational(not international).のように他の語と対照させる場合である。強調でもないのにINternationalと発音しては英語としては正しいと言えない。今回問題となっている文も,これと同じように考えればよい。
 池上氏は,正しい強勢の位置が分かったとしても,その知識が実際の発話には反映されないということを主張され,自ら実施した調査の結果を9月号の誌上で発表されている。この表を見て驚くのは,生徒がhaven'tとthoughtのどちらの語に最も強い強勢を置いたか英語教師に判断がつかなかった,という事実である。(1)haven't (2)thought (3)どちらでもない他の語,という選択肢ならまだ分かるが,3つ目の選択肢が「判断できない」であり,その欄の数値が他の2つの欄よりも大きいのである。例えば「読みの自然さ」の評価が最も高かった生徒についても,その生徒の発音を聞いた教師がhaven'tに最も強い強勢ありと判断した者2名,同thought1名,判断できなかった教師が5名というのはどういうことなのか。複数の語が判断できないほどまったく同じ強さで発音されたのだろうか?だとしたら,そのような発音が高い芸術点をとるのはおかしい。この表から唯一はっきり見てとれることは,20人の生徒の発音を聞いて,教師が全員一致して強勢の位置を判断した例が1っも無いということだけである。
 「強くはっきりした」発音と「最も強調した」発音の違いは,7月号でも述べたとおり,後者は強いだけでなく声の高さの急激な変化を伴う。(haven'tの母音は弱母音ではなく強母音/記/であるから,それによってはっきりした発音に聞こえる。ただ,機能語であるため,非常に強く発音するわけではないので,語頭のノh/は脱落することもよくある。「最も強調した発音」の場合はそのような脱落は起こらない。)イントネーションが下降調の場合は,一度急激に下がった後,終わりまで低い声が続くので,声が大きくなるかどうかより,高い声が急に下がりそのまま低くなるかどうかを観察すれば「最も強調した」音節が分かる。つまり,次のうちどちらの発音かを見極めるのである:

  HAVE
@I      n't thought about it.
     have    THOUGHT
AI       n't          about it,

 @のパターンならhaven't,Aならthoughtが最も強調されている。
 なお,私の経験では,上述したような強調の仕方のコツを教えればほとんどの学生は発音できるようになる。私が力説したい点は,発音にもルールが存在するのであるから,いつか声に出して英語を発する必要が出たときにはその規則を知っていることは役に立つはず,ということであり,文法の知識に加え会話において自分の発音が聞き手にニュアンスをも含めて伝えたいことを正確に伝えることができる能力は立派に英語力の一部である,ということである。最も強調する単語がどれであるか,そしてそれをどのように発音したら相手に正確に伝わるかという実践の部分を含めて我々英語教師は規則を教えるべきだと考える。規則を教わっていない生徒がこの問題に正解を出せず,きちんと勉強したことのある他の項目の正答率との間に相関関係が見られないのは当たり前なことかもしれない。
 もとより,発音の能力の検定は紙の上で行うのではなく,実際に発音させたり聞き取らせたりという方法が良いに決まっている。センター試験でのリスニング試験がいずれ始まるという噂なので,聞き取るスキルの判定については改善が期待されるが,何十万人という受験生を同じ客観的な基準で判定しなければならないセンター入試では,実際に発音させるのは無理であろう。しかし,音声を無視しても満点を取れるような試験では,言語がもっ大切な部分がすっぽり抜け落ちてしまう。今回この問題がこれほど関心を集め,音声レベルに人々の注意を向けただけでも,出題されたことの意義はあると言えよう。
 
(東京外国語大学・英語音声学斎藤弘子)

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