私はセンター入試の関係者ではないのだが,4月号の本欄で今年度センター入試第1問B,問1に関する疑問が掲載されたのでお答えできればと考え,投稿することにした。なお,誌面が限られているので簡単な説明しかできないことをお断りしておく。
まず,この問題の「正解」はthoughtであり,haven'tを「最も強調して」Ihaven'tthoughtaboutit.と言ったならばこの会話の流れでは不自然な発話となる。一般的なルールは,「最も強調される語は音調群最後の内容語」である。そして,「それまでの話の流れもしくは話者どうしの共通理解として『最後の内容語』が既出情報であるか,特に強調すべき語が他にあるなら,遡って最も強調する語を探していく」のである。(音調群の定義はここでは割愛せざるをえないが,一般的には短い文なら文全体が1つの音調群をなし,長い文は複数の音調群に分かれることがある。入試間題では下線で示されているようなので,その部分の最後の内容語と考えてもらえばよいであろう。なお,内容語とは名詞,動詞,形容詞,副詞,数詞などの品詞で,情報量の多い語。)件の文において内容語はthoughtのみなので,それが一番強調して発音されるということになる。この文のthought以外の語は「機能語」と呼ばれる。助動詞も機能語で,文末に置かれる時や強調の場合を除いてその母音は弱化された発音となるが,否定形は母音を弱化せずに強くはっきりと発音することが多い。しかしそれが動詞よりも目立つような,つまり「最も強調した」発音となるのは対照強勢を置く場合だけである。なお,「強くはっきり」と「最も強調」した発音の違いは,後者は強いだけでなく声の高さの急激な変化も伴うことである。
「どんな職業につきたいの?」の問いに「『まだ,考えていません』という時,thoughtが重要な情報だと断言できるだろうか」と池上氏は述べているが,thoughtだけが重要な情報というよりは,Ihaven'tthoughtaboutit.全体がJimの質問に対する答えであり,新しい情報と考えるべきである。もしhaven'tが最も強調されると,その後に続く語は既出の情報を表していて重要度が低いということになってしまうが,今の問題の場合はそうではないであろう。職業の名前など様々な答えが予想されるなか「そんなこと,まだ考えてもいない」
とRieは答えたのでhaven'tの直後の動詞こそが重要であり,はっきりと聞こえなくてはならない。
「特別のことわりのない限り,否定部分を強く発音する」ことが教科書に出ている例として氏はNew Horizonから引用している が,この教科書が
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I like soccer. I don't like tennis.
としている のならもちろん間違いで,
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I like soccer. I don't like tennis.
とすべきである。この中で,最も強調されるのは声のピッチの急激な変化のある「最後の内容語」すなわちsoccerとtennisである。(この2文が同一人物によって続けて発せられたなら,2文目のlikeは既出なので強くなくなりdon'tのほうが際立つであろうが,最も強調されるのはあくまでもtennisである。)このように原則は簡単で;この種の問題への「対策を明示」することも可能だ。しかも,実際に英語を話すときにはこの知識は有用である。私は大学の定期試験にこれと同じ問題を出し,筆記試験でhaven'tが最も強調されると間違えて答えた学生に実際に発音させたところ,彼らは果たしてhaven'tを最も強調して発音し,それは英語としては不自然であった。また,カナダに留学中の大学院生にこの問題文を英語母語話者に読んでもらう簡単な調査を行なってもらったところ,全員がthoughtを最も強調して発音したとの報告。(Haven'tが最も強調されるのは相手に「本当は考えたのでしょう?」とでも言われたことに対する「断じて考えていない1」という答えの場合のみ,という説明まで加えてくれたインフォーマントがいたとのこと。)英語母語話者は無意識にthoughtを最も強調して発音する。日本人学習者はルールとして覚えなければならないが,その結果正しい発音ができるのであればルールを教える必要があるし,正しい知識が英語らしい発音に直結するのであれば試験に出すのもあながち悪いこととは言えないのではないか。
ちなみに,過去6年分のセンター入試本試験及び追試験において,いずれも上で述べたルールによって「正解」を出すことができたことを付け加えておく。
(東京外国語大学・英語音声学斎藤弘子)
(このページの掲載に当たっては斎藤氏の許諾を得ています)