英語教育に関する雑感です.

教科書に扱われる題材の信憑性                     

(「英語教育」 1991年2月号)

4月号`rabbit [or bunny] food'を読んで   

(「現代英語教育」 1992年5月号)

Forest Gump                                    

(「英語教育」 1995年4月号)


教科書に扱われる題材の信憑性

 実用英語検定準1級の間題(1990年度第211)“HOT DOGS"というタイトルでホットドッグのいわれが紹介されていた。それによると,「生まれはオーストリアとドイツでアメリカに伝わったのは1872年。最初上手に食べられなかったが,Antoinee Feuschtwagnerという人がパンにフランクフルトソーセージをはさんでセントルイス世界博で販売。1900年の寒い日,アイスクリーム&ソーダ店の店長がニューヨークでのジャイアンツ戦でFeuschtwagnerのことを思いだし,販売。“Get your red hot dachshund sausages"という呼び声を漫画家のTad Dorganが聞き,dachshundと書けそうもなかった彼が“hot dog"と命名」

 

 この話は英語教育界ではよく知られた話であるが,本年度使用している教科書(A Better Cuide to English T)では,語源の一例として(Lesson7“Looking into Word Origins")次のように紹介している。

 

 「寒い野球場の閑古鳥のなく売店で店長のStevensが店員にパンとソーセージを買いに行かせ,この2つにケチャップを添えて“Red Hots! Red Hots!"と販売。翌日の新聞にパンにはさまったダックスフントのおもしろい漫画が載り,この冗談から“hot dog"が生まれた」

 

 教科書を読む限りhot dogの現物を考案したのはStevensと理解されるが.英検の英文では先駆者がいると解釈される。

 同じ教科書でヴィヴァルディの「四季」を紹介する英文があった(Lcsson 13 What ls Music?)。この英文を読むと,春には鳥の鳴き声があり,夏には蜂の羽音があり,秋には刈り入れの楽しい音が聞こえ,そして冬には楽しくスケートをする人の群れの描写が聞こえることになっている。最近はやりの出版社から販売されているCDフックを購入して,ヴィヴアルディが楽譜に添えたとされるソネットと対照してみると,羽音は蚊と蝿であり,収穫の音ではなく収穫を祝う若者の歌と踊りであり,氷の上をおそるおそる歩く音であった。実際の音楽を闘いてもそのようにしか解釈できない。

 このことを出版社へ問い合わせると「音楽のー解釈として了解いただきたい」という返事であった。

 なるほど英語Tは語彙的にも,語法的にも,そしてスペースの面でも大変な制約の中で編集されている。教科書編集者の苦労は想像を絶することだろう。現場の教師も語法の誤りに対しては厳しいが,内容についてその真偽にせまることはあまりしない。しかし,冠詞の誤りより,こうした内容の改ざん,あるいは情報不足はある面では悪質ではないだろうか。教室で読まれる英文ほど一字一句に気をつけて読まれる英文は少ない。場合によっては教えられる生徒はその英文の暗唱も迫られる。若き日に教えこまれた内容が実際とは違うとわかったとき,生徒達はどのような感想を持つであろうか。いかに英文としてまともなものでも内容の面で実際にはずれがある英文を教室で熱心に教えているとすれば,滑稽な感を否めない。

 日々教科書を教室で使用している教師も内容の面で誤謬はないか常に細心の注意を払うと同時に,教科書編集者も英文なら全面的にその内容を信用するというのではなく,内容の真偽までたちいって検討すべきであろう。

   


 

`rabbit [or bunny] food'をめぐって

 

 かつて慶応義塾大・理工学部の入試問題に対して苦言を呈したことがありました(Chart NetWORK No.5「同感!『名文は無用!』」(数研出版))。主旨は「大学入試問題は選抜と同時に高校生に対して当該の学部ではどのような英語カを求めているか表明する場であるから、理工系学生にあまりに文学趣味に走った英文を提示することはどうであろうか」というものでした(平成2年度語句整序問題に触れて)

 そして3年度も同じような問題を見て驚いてしまいました。この問題ではsly as a fox;work like a horse;fat as a pig; let the cat out of the bagといったイディオムを完成する問題ですが、例えばよく知られたsly as a fox補充の英文は「彼は恥ずかしがり屋で引っ込み思案のように見えるが、実際には(  )くらい(  )である」というものです。この英文でsly,foxが入るとすればそれは単に受験英語に慣れたせいで、私には独りよがりの問題にしか思えませんでした。さらにfat as a pigなどはとうてい品の良い表現とも思われません。

 さて、'rabbit food'についてですが、私は解答できませんでした。旺文杜の『全国大学入試問題正解』の答を見て、「ああ、そういえばそんな表現もあった気がするな」と思ったくらいです。念のためと思い手元の辞書で確認をしようとしましたが、岩瀬氏の指摘のとおり、確認できず私の場合は小学館の『最新英語情報辞典』(2)で確認しました。そこで興味を持って、研究社出版の『英語問題の徹底的研究』にあたったところ、その解答は次のようなものでした。

 (...複雑すぎる出題形式。形式だけでなく問われている内容にもかなり無理がある)

サラダ(rabbit food)(犬に内かつて)dog food(猫に向かつて)cat food

 

この答はかなり傑作でしたので、授業の雑談で紹介すると生徒には大受けでした。その後で、次のように結びました。読者の皆さんはどのように紹介するでしょうか。「受験生である皆さんは問題ができないと『自分はカがないからだめなんだ』と謙虚に自分の学力の無さを責めるでしょう。私もそうでした。しかし、英語を教えてうんじゅう年経つと、問題ができないのは問題そのものに問題があると批判的になることもできます。別に自分ができないことの言い訳ではないのですが。この問題は本当に趣味に走った問題で、作る方は簡単ですが、常識的に考えると、とてもとんちんかんな問題です。ましてやこんな問題を作成する人がdog food, cat foodを正解にするユーモアや度量を備えているとは思えません。同時に高校生に普通の辞書では確認できないような表現を求めることは神経が麻痺しているとしか思えません。この問題を解いた受験生はまだ良いのです。多分ほとんどの人ができなかったでしょうから、差はつかないからです。かわいそうなのは皆さんです。カコモンとかいってこの問題を見た慶応受験希望者はこんなどうでもよい表現を勉強してしまう可能性があるからです。こんな問題を見ると受験は技術だ、クイズだと言いたくなってしまいますね」


 

英語教師とForest Gump

 現在,映画のヒット,邦訳の売れ行きで評判のForest Cump( Black Swan,1994)を読んでみた。話の奇想天外さ,主人公ガンプの飾り気のない人柄など,最近のベストセラー特有の,読み始めたら止まらない物語であった。

 ところで,この英文を読んだ私は最初,そして,かなりの部分まで不快であった。右手に赤ペンを持って思わず英文を添削したくなる衝動にかられた。今手元にある本のぺ一ジを無作為に広げてみる。

 

  One day next spring there is a notice that they is gonna have a post ping-pong tournament an the winner will get to go to Washington to play for the All Army championship.  I signed myself up an it was pretty easy to win on account of the only other guy that was any good had got his fingers blowed off in the war an kep droppin his paddle.

 (p.84)

 

 全編こんな英文で世にも奇妙な物語がテンポよく進行していく。IQnear70というガンブの書く英文はしゃべったままで,ことさら難しい単語は使われていない。ところが物語にのめり込む前に「iswasだろう! they is gonnaとはたんという表現だ!anではなくてandだろうon account ofの次にどうして節がくるのだ!」と次から次へと英語教師根性が出てしまう。手近に赤ペンがあったら添削して採点したい気分になる。誤文指摘の大学入試問題をみるまでもなく,教師たるもの英語が正しいか否か,という点に対して大変神経質である。Forest Gumpの英文はこうした私たちの「間違った英文」に対する厳しさへの挑戦状のように思える。まるで自分がどこまで「間違った英文」に寛容になれるか試されているようだ。

 さすがに感情移入がなり,ガンプの英語に慣れた後半では物語を楽しむことができたが,ガンプの英語が提起した問題は大きいと思う。ガンブの英語で情報が十分伝わり,共感もでき,その人生を共に歩むことができるとするならば,私が普段教室で教えている11文英文を書いて,別解などを与えながら,わずかの英文しか書かない授業というのは何なのだろうか。

 この4月から本格的に導入されるライティングではパラグラフ・ライティングが取り入れられ,パラグラフ・'ライティングを積極的に扱った教科書の採択数が多かったと聞く。これから生徒に多量の英文を書くことを要求するとしたら,是非カンプの英文を読んで,現在の自分の英語の許容度を確認したいものだ。