第一回 「陰影がもたらす文字の存在感」
自分は芸術としての「書道」はやらない。職業として文字を書いているのでみんなに良く判る「実用文字」が命だ。実際には書道で使う様々な用具を用いてはいる。しかし、大きく違うのは書く素材としての用紙である。書道で使う和紙にはほとんど書かない。営業ページにある様に使用するのは主にいわゆる「西洋紙」だ。書道では、和紙の滲みに芸術性や趣を求めるが自分の書く文字にはその様な幅は存在しない。だから一文字の美しさだけでなく全体のバランスが命とも言える。逆に書道文字の持つ個性はなかなか出せないのも事実だ。しかし、大きな文字を太い筆で一筆書きすると面白い法則が見えてくるのだ。筆の穂先と根元の墨の走り具合が生み出す思いがけない趣き。画像を見れば判ると思うが、光の角度で文字がまるで3Dの様に浮き上がって見えてくる。単に陰影のもたらす偶然だが、この法則に則ればその文字が一筆なのか否かがわかってしまう。また、運筆の速度までもが見えてくるのだ。
文字には「筆順」がある。楷書の場合にはそれほどあらわにならないが、行書・草書に進むにつれてこの「筆順」が文字の命を司り間違いがはっきり現れてしまう。と、言う以前に文字にならない。たまにまったく出鱈目な文字を見る事もある。数多い文字には様々な決まりが存在する。楷書で言うならば例えば右はらいの多い文字では一カ所を除きすべて終筆箇所は止める。分位・照応・概形といった一定の技法が存在する。「食」という文字で説明すると、冠の右はらいを延ばした場合には最終画の右はらいは延ばさない。ほかにもいろいろなルールがある。
そのルールを知る者には他人の書の如何なるかが容易に判ってしまうのが怖くもあり面白みでもある。
こうして単なる文字にも奥深い含蓄があり、それを追求することで新たな面白さが生まれる。
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