うるずん若夏の青い海

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寒い冬を越え、北風が止む3月。西表には懐かしい南風と暖かく穏やかな海、青い空が帰ってくる。島の暦で「うるずん」と呼ばれるこの季節、島の人達は海へ出て、季節の食材を調達する。
モズク、アーサ、貝類、一際食卓が賑やかになる季節でもあるのだ。

モズク。方言名スヌイ
褐藻類ナガマツモ目モズク科の海藻で、「モズク」は「藻付く」が名前の由来。スヌイは三杯酢などで食べることから「酢海苔」の意味。西表ではシドゥルとも呼ばれる。
秋頃、海中を漂う直径0.5mmほどの小さな胞子状のものが海底に付着し、そこからゆっくり大きくなっていく。
面白いのは、この成長段階のモズクも毎月大潮の日には新たな胞子状の命の粒を生み出すとか。
春先には長さ30センチほどにまで成長し、5月頃、海が温むと、千切れたり、溶けるようにしていつのまにか姿が消えている。

鳩離れ島が近くに見える船浦のイノーにて。

モズクが採れるのは、砂地に小さな珊瑚の欠片が転がるような海の浅瀬。リーフの内側イノーと呼ばれる場所。
モズクは海底の小さな珊瑚片から髪の毛のようにふわふわと揺れて生えている。そう!西表のモズクはまさに珊瑚の島のモズクなのだ。
大体このような条件の場所ならどこにでもあるが、やはり沢山採れる場所はいくつか決まっており、そう言う場所では潮の引き際に何人かの島の人が袋片手に海を歩いている。
この潮の引き際というところが大事で、潮が完全に引き、イノーが露出してしまう程になると、モズクがぺちゃんと海底に座り込み、たっぷり砂がついてしまう。
かといって、引き始めない内は海が深く、潜って採らねばならなくなる。島の人はさすがに大体の時間を計算して動いている。
海の上から見てもモズクは一目瞭然だ。赤茶色の雲のように見える塊がそれ。手を突っ込んで草抜きの要領で引き千切る。
採ったモズクはその場でジャブジャブと軽く洗い、目に付く、小さな貝類、砂、違う海藻を取り除く。見た目のよく似た、だが、明らかに触りごこちの悪い、トゲトゲした海藻などは特に注意する。

雲のように浮かんで見える塊。これ全部モズク。

海中のモズク。西表のモズクは太く美味い。しかし、収穫期の末のモズクは色も白っぽく、独特のズルズルがなくなり、硬くなる。

杖を片手に海を行くおばあ。このようなおじい、おばあが多いのも島の風景。この笑顔こそが島の宝。

体が悪い分、知恵でカバー。桶を浮かせて、そこに採ったモズクを入れておく。こうすれば、意外に重いモズクも楽に収穫できる。

採ったモズクは目の小さな網袋に入れて運ぶのがいい。これが目のないビニール袋などだと、余分な水分が抜けず、非常に重い割には嵩張り、大変な思いをすることになる。袋の網目から零れ落ちる水はモズクのヌメリを帯び、ズルズルと糸を引いて垂れていく。
ところが、面白いことにこのズルズルには肌に潤いを与える効果があるらしく、モズクを専門で採る女性の手は滑らかであるとか。
他にもモズクには抗癌、免疫力向上、血栓予防、病原性大腸菌O-157感染防止の効能があるらしい。

大量の島マース(天然塩)を混ぜてかき回す。

掃除して塩漬けにしたモズクは小分けにして、冷暗所で保管。勿論、他府県の知人、親戚にも送る。

こうして収穫したモズクは、数日内で食べる分以外、大きなポリバケツやゴミ袋(二重にした方がいい)に移し、そこに全重量の5〜10%程度の塩を混ぜ、かき回す。その都度、ゴミが手に触れるので、それも取り除く。半日ほどそれを置いておけば、更にゴミが浮かんでくるので、それも取り除く。
この際、気をつけるのは一切の真水を使わないこと。ゴミを取るのに真水で洗うのはもっての他。
こうして出来上がる塩漬けは塩の濃いものなら1年は持つ。
食べる時には、何度か流水で洗った後、しばらく水に浸し、塩を抜いてから三杯酢などで。
お奨めは、軽く塩を抜いただけのモズクを入れて作るモズク雑炊。魚のすり身と合わせてモズク天麩羅。
西表のモズクは美味い。
因みに国内のモズクの90%が沖縄県産だが、その殆どは養殖モズクである。が、西表で味わえるものは100%天然モズクだ。

潮の引いた海岸の岩盤の上で座り込み、アーサ採りをするおばあ。

緑色に見えるのがこれ全部アーサ。より緑の濃い場所を重点的に摘んでいく。

アーサ。和名ヒトエグサ。3〜4月の浅瀬でモズクよりもより海岸に近いところに生える海藻。人によってはモズク同様、水深が幾らかある時に摘む。確かに水深のある所の方が摘み易い。
摘む際には、張り付いている根元から引き剥がすのではなく、表面を撫でるようにして、指に絡みつくものを採っていくと良い。根元は砂を孕むことに加え、食感もよくないので避けたい。
採ったアーサは水気が多ければ、その場で搾り、持ち帰って天日で干す。その際、アーサを満遍なく広げながら砂や色の悪い部分は取り除いておく。これで保存が出来る。
食べる時には水で1〜2分ほど戻し、すまし汁にすれば潮の香りがして最高に美味い。

水中のアーサ。これも珊瑚片から生えている。

アカミナ。手軽に採れる貝類の中では最も量も採れ、味もいい。

アカミナ。別名ヨリミナ。
5月の大潮の頃、産卵の為に沖合いからリーフの上まで上がってくる。潮の引いている時にリーフ寄りの浅瀬を歩き回って採る。但し、量を捕る為に貝殻の重さでかなり重い。
茹でれば、クモガイ同様の爪が殻の入り口に覗いたままで中身は引っ込むので、爪ごと引っ張って中身を取り出す。簡単に取れる。
出汁醤油で煮付けると甘みがあって非常に美味。酒の肴になる。