おばあの縄張り
 4月も末にさしかかった頃、どうもおばあの様子がおかしい。なんだかそわそわしている。空を見上げている時間が多いし、何処に行くものか家にいないことも多い。
そんな折、春の雨が降った.
 次の日の朝、おばあの家に行くと、縁側にはうず高く積み上げられた筍の束。すごい量だ。京都から西表生活を体験しに来た弟子の昌代と一緒にその筍の皮を剥いている。顔はホクホク顔だ。
「おばあ、筍もう出ているんだね」
「昨日の雨でよ、いっぱい出てたさあ。新しい場所見つけてよ。誰も入った後がなかったよ。めずらしい。まだいっぱいあったよ。採り切れんから置いてきたけど、この筍の掃除が終わったら、昼からまた行くよ。出戸さん、悪いけど送ってねえ」

 おばあがそわそわしてた理由。それは筍の季節が近づいていたからだった。雨が竹林の地表を湿らし、筍が顔を出すのを今や遅しと、心当たりの場所をしょっちゅうのぞきに行っては首を長くして待っていたのだ。
おばあの本領が発揮される筍の季節がいよいよ、やってきた。

 おばあといっしょに筍ポイントへ向かう。集落近くの低い山だ。道の脇に車を止め、藪の中をゴソゴソと分け入っていく。同行することにした僕が足の悪いおばあの為に鉈で藪を掃おうとすると、「駄目!他のもんにばれるから、もっと奥に行ってから掃いなさい」と早速怒られる。
そう、ここはおばあの縄張りなのだ。秘密の場所。知ってる人は知っているが、新しく知られたくはない。それで、おばあはこの場所で誰かに会うと攻撃的に威嚇に出る。まだ近くの集落の人間ならそれも弱いが、遠く祖内集落などの筍を生業とする他のオバアに出会うと容赦ない。
「あんたはヒトの所にまで採りにきて、なんだ!がめつい!それで商売するつもりか!自分のところで採れ!この破れババア!」
 破れババアの意味は分からないが、凄い悪口のオンパレード。対する祖内のオバアもゴモゴモと応戦(防御?)するが、最早老人にしか分からない方言での応酬で、意味はつかめない。
ただ普段はにこやかなおばあの顔が鬼のように本気で怒っている。語弊のないように言っておくが、勿論これがおばあの本性という訳ではない。貧しかったこの島で、子供になんとか食わしてやる、自分も生き残る、幾多あるそういう危機に直面し、抜けきってきた経験のあるおばあだから、ついつい必死になるのだろう。
 他所のオバアを撃退し、漸くおばあは奥へと向かう。杖を着いているとは思えない健脚だ。おばあは街中より藪の中の方が活発に動ける。狩猟採集の遺伝子が引火しておばあの体内に大量のアドレナリンが分泌される。膝の痛みを忘れさせる。

 竹林が現れた。この時期の筍を生む竹はとっても細くて長い竹だ。内地で言うササタケとかネマガリタケに似ている。おばあに名前を聞くと「赤竹と言ったかねえ。さあ、忘れたよ」と素気ない。おばあにとっては食える筍はみんな「筍」で良いらしい。表現する時も「太いの」「細いの」で呼び分ける。
 しかし、こんな密集状態で筍を探すのは難しい。この筍は地面に頭だけ出したものを探すのではなく、1メートルぐらいになったものを探す。頭だけ出したものは「牛の角」と呼んで育つまで置いておく人もいるらしいが、おばあは気にしない。完全な縄張りでない以上、次に自分が採れるとは限らないので採ってしまう。やっぱりこれはこれで柔らかくて美味いと言う。
 ひとしきりおばあに筍の探し方のレクチャーを受けた後、僕も一人で探しに出かける。おばあの後にくっついていては一本も探せない。おばあの目はすこぶる良い。そう言えば、老眼鏡をかけているのを見たこともないし、新聞を離して読んでいるのも見たことがない。
 自分で竹林を歩いてみて気付いたのだが、竹林というのは方向感覚を狂わせる。右も左も竹竹竹。それも密集しすだれを縦にした状態。そういう中で左右に筍を見つけては、採る為にくるくる回っていると完全に元来た方角が分からなくなる。ネマガリタケを採りに出て遭難する人も同じような状態なのだろう。
時折、声をあげ、おばあや弟子の昌代の居場所を確かめながら進む。
 途中、おばあに遭遇する。まだ肥料袋半分は採ってない。僕と同じぐらいだ。と思ったら、まんぱんにした袋は重いから道端分かる所に置いてきたという。2袋目らしい。負けてられない。
 おばあの先回りをして進むことしばし。アダンの藪が行く手を塞ぐ。ここで行き止まりかと思ったが、鉈で切り開き無理矢理進めば、奥にも竹林があった。見ればスゴイ!
 牛の角からいいサイズのものまでニョキニョキ生えている。手付かずだ!僕は夢中になって手当たり次第に採った。あっという間に肥料袋が一杯になる。重いのでそれをアダンの藪の外まで一旦置きに行くと、そこに竹薮を掻き分けておばあがやって来た。
「あれ、あんたこの奥に入ったか?」
「うん、いっぱいあったよ」
「ありゃあ、この奥が私が昨日見つけた新しい場所だったのに」

「もう、こんなに採って、あんた才能あるね。あんたが入ったからもうここには筍ないかも知れん」
おばあの本気とも皮肉ともつかない言葉に僕は息を飲む。祖内のオバアのように撃退されたくはない。
「そんなことないよ。まだいっぱいあるよ。それに採り忘れてるものもあるだろうし」
そう僕が言うと、おばあはさも「当然」という感じで、
「そりゃあ、そうさあ。うまい人でも全部は探しきらん筈よ」
と言い残すと、アダンの中をズンズン歩いていった。しかし、おばあの後には取り残しはない。頼もしい(勇ましすぎる)後姿である。
 しばらく経つとおばあの弟子の昌代がやってきた。彼女も大いに肥料袋を膨らませているが、まだいっぱいにはならない。しかし、その重さに顔には疲労の色が隠せないほど滲み出ていた。

 彼女はもうギブアップらしく、ここで待つと言う。蚊も多い場所なので、彼女に虫除けスプレーを貸し、僕はおばあの後を追うことにした。
おばあは悪い足をものともせず、急な崖を這い登り、また滑り降り、果敢に筍の間を駆け廻っていた。一瞬、頭の中に「仮病?」という二文字が浮かび上がる。おばあ、ホントに足悪いんか?
 結局、3人で計5袋の筍を採った時点で切り上げることにした。おばあは器用にそのへんの蔓で肥料袋の口を縛り、さらにリュックのようにしょえる形にした。で、もう一袋はズルズルと引きずっていく。昌代は最後の力を振り絞って一袋を担ぎ、僕は2袋を下げた。しかし、さすがのおばあもこの作業だけは大変そうなので、僕が持てる分だけ先に持って上がり、後で残りを取りにこようということになって一人で2往復した。
 残りの袋をさげ、帰ってくると、おばあはとっても充実した仕事をした人のように軽い疲労の混じった、だが朗らかな笑顔で僕を迎えてくれた。
「出戸さんのおかげで楽が出来ました。有難うございます」
そう言って手を合わせ僕に丁寧に頭を下げる。あんまり丁寧にされるとこちらも困るが、お世辞じゃない。これ本気なのだ。これがおばあの良いところ。人の親切に対しては大いに感謝する。

 しかし、縄張り意識だけは関係なくまだ強烈だ。
「でも、新しいライバルがまた出来てしまったね」
そう言うおばあに慌てて首を振る。
「大丈夫だよ。俺、おばあと一緒じゃないと採りに来ないから」
そうでないと、他のオバアに出会った時、今度は僕がそのオバアに強烈に凹まされるだろう。
 その時、笑っていたおばあが思い出したように急に叫んだ。
「ああ、杖、杖忘れたさあ!」
どうやらおばあ、筍探しに熱中して藪の中に杖を置いてきたらしい。いくらなんでもアドレナリン効きすぎだろう。仮病疑惑が一層深まる。
 さすがに皆疲れていたのでその日は取りに行くのをやめたが、おばあは
「明日、また筍探しがてら、見つけるさあ」とのこと。
おばあ、悪いけど僕は行かないよおおおお。

後日談  
この日の夜から、右の二の腕内側から脇にかけて赤い発疹が無数に広がった。しかもそれがとてつもなく痒い。すぐにダニにやられたとわかる。
おばあによれば、竹林にダニは付き物だそう。
でも、何故僕だけやられておばあはやられなかったのか聞いてみると、足が遅い人がダニに食い付かれるとの実も蓋もない酷いお言葉。
本当は竹薮行ったらすぐに風呂に入って、着てたものは洗濯せなばならなかったようです。

竹薮をガサガサ突き進むおばあ。その目は猪を狙う狩人のものだ。

全部同じように見える竹薮を覗き込み、

瞬く間にその中から筍を見つけ出し折る

360度同じ景色が取り囲む、竹薮の恐怖

疲労困憊の助手昌代。おばあよりも遥かに若いがこういうことは得意ではないようだ。都会育ちの弱さが出た。

採った後はこんな風に皮むきの作業が待っている。これが手間が掛かる。前日も夕方から夜12時まで作業をしたそうだ。

この後、一節一節切り離し、茶色くなって硬い部分は切り落とす。見分けるのはナイフを入れた時の刃の感じだけ。でもこれが非常に正確。僕がやったものは食べた時、繊維質で噛み切れない部分が残ってしまった。食べれる部分は全体の3分の1。主に地元の民宿から注文を受けているが、こんな大変な労働の手間は驚くぐらいに安い。もっと高くてもいいぐらい。

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