11月。とある日の夕方、あまりにも遅い昼飯を川満スーパーで購入し、それを食べる為に上原港の防波堤に向かった。海を見ながら飯を食うのは最高に美味いのだが、天気はよいものの、あいにくの北風。
北風をまともに受ける上原港では、ちょっと失敗かも。
北風にご飯粒を飛ばしながら、一気に飯を食い終わった後、ちょっと一服つけていると、「ブーン」とどこかのオバアが原付でやってきた。
おばあは僕を通り過ぎ、防波堤で守られた桟橋のところで停まった。
見れば、今まで気付かなかったが、別のオバアが一人ぺたんと桟橋に腰を下ろして、釣りをしていた。
オバアのそばにはバケツが一つ。
すると、今来たところのオバアもその横に並んで座り、すぐに竿を下ろした。
もしかして、ミジュン釣りかも・・・。
僕は後ろからオバアらに近づく。
見れば、原付のオバアは波止場食堂のオバアであり、最初から座っていたのは、カンピラ荘のオバアであった。
カンピラのオバアのバケツには既に20匹ほどの魚が入り、酸欠で浮き上がっていた。
「おばあ、ミジュンだね?後ろから見てていい?」
波止場のみっちゃんおばあに声をかける。
「ああ、いいよ」返事は軽い。

昨日、水田探索の休憩に波止場食堂でそばを食べた時に、「今度見学させてくれ」と頼んでおいたのである。
ミジュンとは体長10センチぐらいの鰯の仲間で、群れをなし、冬場、護岸された港などに入ってくる。島人はそれを喜んで釣り、各家庭で消費したりするが、店をやる人はそれを店で出す。
小さいので捌くのが面倒ではあるが、その身は甘く美味い。
おじい、おばあのミジュン「釣られ釣り」
カンピラ荘には泊まったことがないので、当然飯も食べたことはないが、波止場食堂では時々飯を食う。上原港前のスラブ屋で、小さな小さな食堂だ。営業時間は昼間の2時間ほどだけ。メニューには、そば、そば(大)、焼きそば、ご飯しかない。究極の選択を迫る店であるが、いずれも美味い。特にそばは西表一出汁が美味いと言われている。
そして、そのそばを頼むと必ず小品が何品か付いてくるのだが、これが波止場のいいところ。
島の食材が少しづつのっかているのだ。
「カーナ(海草)」「ビーフチビー(山菜)」「タコ」「島魚の刺身」「サザエの刺身」そして「ミジュンの刺身」に「ミジュンの焼いたもの」等、毎日日替わりである。
これらはみっちゃんおばあと旦那のモリおじいが圧倒的に暇な毎日で少しづつ採ってきたものである。
夏には別の大皿にモリおじいのパイナップルもどーんと盛り付けられて提供される。
これぞ、島人向けの島人の営む食堂といった感じだ。夏場でもこれらの食材が途切れることはない。冬時期しか捕れないタコやミジュンはこれから1年分をストックするのであろう。
対するカンピラ荘も負けてはいないようで、ミジュンなどはちょくちょく夕食のテーブルに上るらしい。訪れる客の数が圧倒的に多い分、ストックしなければいけない量も当然多い。
暇なこの時期には民宿で雇っているヘルパーなども総動員して、朝からミジュン釣りに励むようだ。
みっちゃんおばあが撒き餌にブロックを解凍したオキアミを一つまみ、海に投げ込む。
すると、下からキラキラ光るミジュンの群れが急上昇して、散らばって海に沈んでいくピンク色したオキアミを食い漁った。
おばあはそれに合わせて糸を上下させる。すると、おばあの竿先が軽く沈んだ。
すぐに竿を立てるおばあ。
キラキラと光るミジュンが一匹宙に舞ってコンクリの上に落ちた。
「食うねえ。今からがいいさ」
針を外したミジュンを掴んでバケツに移し、今来たところのオバアはそう言った。

「ブ〜ン」と音がして今度はオバアの旦那のモリおじいが軽トラで登場した。
頭にはタオルを鉢巻代わりに締めている。
いつものファッション。
おじいは二人のおばあの成果を見定めると、彼女等のような短い渓流竿ではなく、リールのついた短い竿で釣り始めた。
おじいは撒き餌を使わない。煙草を片手に、おばあの横でウンコ座りで糸を垂れる。あんまり集中していないように見える。糸のある真下の海面ではなく、遠くを見ては煙草を吹かしている。
だが、上手い。何気なくミジュンを何匹も釣り上げていく。
さすがは元海人だ。
そうしているうちに色んなおじいやおばあが竿を片手に集まり出した。みんな、今日は釣れているか、と常に注意し、竿を持ち歩いて、色んなスポットを偵察しているらしい。港はちょっとしたユンタク会場になった。
「今日、鳩間の西のリーフで、またタンカーが座礁したらしいねえ」
そんな最新情報も流される。驚いて見てみれば確かに遠く鳩間島のそばに動かない巨大タンカー一隻。見えるのに気付かなかった。ダイビング屋さん、また怒ってるだろうなあ、などと思う。
しかし、みんななかなか上手いものだ。ペタンと座ったり、ウンコ座りしたり、なぜか正座してたり、立ったまま釣ってたりと竿も姿勢もバラバラではあるが、万遍なく誰も彼もミジュンを釣り上げ始めた。入れ食いの時間帯に入っているのだろう。みんなわざわざ寄り固まって、10メートルない場所で竿をつき合わす。
当然、隣同士の糸が絡まったりすることもある訳で、僕はその糸解きをちょくちょく命ぜられた。彼等は釣りは出来るけれども、仕掛けは作れない人がほとんどのようである。おそらく息子や孫に作ってもらった仕掛けをそのまま使っているのだろう。
正座で釣るオバアなどは糸が竿先ではなく、絡み付いて、竿下20センチのところから出ていた。これなら竿でなくとも棒でも一緒である。
その中でも、間違いなく一番手はカンピラのオバアだろう。ほとんど同じペースでひょいひょい魚を釣っていく。2匹、3匹糸に掛かってくることもざらである。それが見えるのだろう。みっちょんおばあはイライラし始めた。
「釣れんくなったさあ。ここにはもう魚がおらんよ」
糸をやけくそに大きく上げ下げしている。
「お前は竿を振りすぎだ!」モリおじいがそれにきつく注意する。
が、実際に5メートルと離れていない位置に座るカンピラのおばあや他のオバアは釣れている。
オバアは一人バケツを持って、離れたところに移動した。
「おじい!ここにはいっぱいいるさあ!こっち来い!おじい!」
いきなりオバアに当りが戻る。銀色の鱗がいくつもオバアの竿に舞い上がる。
「おお、こっちに移ってるなあ。海が黒い!!」
おじいはオバアの釣っている場所を見定め、移ってきた。言うように海底が少し暗く見える。これが群れの作る影だとおじいは言う
面白いもので、移ったおじいとオバアが釣り始めると、さっきまであちらにいたオジイやオバアがみいんなバケツを提げて集団移動をし始めた。今度はこちらが入れ食いのユンタク場に変わる。
こんなふうにユンタク場を幾度も変えながら、ミジュン釣りは日暮れまで続いた。
「勿体無いよお。兄さんも釣りなさい。見ているより釣った方が楽しいよお」
カンピラのオバアのアドバイス。
「明日はそうするね」と答えた僕だが、本当に見ているだけでも楽しかった.。


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