2015年8月12・13日 長野県
太田切川
ばば様:さて、少し昔話でもしてあげようかね。
孫:突然どうしたの?ばば様?(ボケたのかしら?)
ばば様:ほっほっほ・・・。これは、ある釣り師のお話じゃよ。そう、あれは2015年8月のことじゃった。
孫:そんなこと言って、更新を半年以上サボってたから、昔話風にしてお茶を濁す気じゃないの?
ばば様:(ギクッ!)・・やだね、この子は。こんなことならツイッターにでも乗り換えてやろうとか、奴は考えちゃいないさ。
孫:こっそりアカウントまで作ってるのにね。
ばば様:・・・あれは暑い夏の日のことじゃった。あの日、俊の奴は、あせっておったんじゃな・・・
孫:スルーしやがった!
「釣り!久々の釣り!」
私はあせっていた。
子どもが3人になり、地元の川への短時間釣行しか出来なくなった今シーズン、2泊3日の釣り旅行は次回がいつになるか分からない貴重な時間。
駒ヶ根市に到着したのは午後4時を過ぎていたが、コンビニで今日の日釣り券と明日の日券2枚を購入し、大慌てで川へ向かう。
「2時間も釣れやんのやから、我慢したら?」
嫁の言葉など耳に入らない。急いで装備を整え(こういう時、リバーパンツは本当に便利)、駒ヶ根橋の下流より入渓。
観光客が水遊びする隙間を掻い潜り、上流へと突き進む。
長いブランクは地味に釣りに影響し、キャスティングの精度は当然、ライントラブル発生時の対処などにも余計な時間を費やしてしまう。
しかし、太田切川の魚は優しかった。難しい場所にフライを送り込めば、結構な確率で反応がある。見に来るだけでヒットしない魚の事を考えれば、相当魚影の濃い川(ポイント)であることは間違いない。
しかし、山に囲まれたこの川は、日の入り時刻より随分早く暗くなり始める。
慌てる、魚の反応はある。しかし思った通りには釣りが出来ない。
何匹かの小型を追加したが、満足できる結果は当然出ず。しかし、久々の夏の渓流は心地よく、太田切の岩魚の顔が見れたことは純粋に嬉しかった。
その後は定番コース。
駒ヶ根ファームス味わい工房で地ビールを堪能し、駒ヶ根ユースホステルに移動。娘3人がギャーギャー騒ぐ中、宿泊者の旅人とスイカを食べ、雑談を楽しむ。
翌朝は5時に目覚ましをセットし就寝。
しかし、深夜1時ごろより雨の音が・・・。ついでに雷の音も(汗)
翌朝、スマホのアラームの音で目覚める。
・・・・うん、普通に雨降ってるね(汗)
7時までふて寝。
・・・・・・うん、まだ降ってるね(泣)
しかし、幸か不幸か、徐々に雨は小降りになってきた。
「行ける!」そう判断した。
それが、地獄の始まりだった。
昼まで釣りをするとの約束で、ホテルに家族を残し車止めへ移動。ポイントまでは徒歩になるので、他の釣り師に先を越されないよう、大慌てで支度する。
どんより。しかも寒い。
1kmほど進んだ時点で、熊鈴を忘れたことに気付くが、もはや引き返せない。
「早く釣って早く帰る」「早く釣って早く帰る」「早く釣って早く帰る」・・・
とにかく急いで山道を登る。とにかく登る。
途中、なんとなく見覚えのある入渓点らしき場所に差し掛かるが、こんなに早く着くわけがないと思い、スルーしてさらに登る。数十分歩き、再度、見覚えのある入渓点に差し掛かる。
入渓点、間違えた(滝汗)
ここは、以前は何度か来たけど、昼までには町へ帰れないので避けてた上流のポイントの入渓点。多分数年ぶり。
急ぐあまり、当初の入渓点より倍以上歩いてしまったようだ。(←気付けよ)
どうする?釣るのか?川まではさらに距離があるぞ。釣って帰ったらさらに時間がかかるぞ。携帯の電波も怪しい。どうする?引き返すか?どうする??
孫:ばば様、どうして俊はそこまでして釣るの?
ばば様:俊は、探し続けるよう定められた男じゃ。
孫:探すって何を?
ばば様:尺岩魚じゃ。
孫:探してどうるするの?
ばば様:・・・・・腐海に手を出してはならん!
孫:(やっぱり、ボケてるわ)
釣る。
急いで川へ下るが、流石に数年ぶりに林道は「こんなに長い距離だったか?」と心配になってくる。途中、川へ降りるルートは、踏み跡のしっかりした道から藪道っぽい脇へ逸れる感じだったのだが、それが後に重要な意味を持つとは露知らず。
ああ・・・ここは・・・。
そう、子どもが一人だったときは嫁さんに子守を押し付け、好きなだけ釣っていた区間。往復の歩きもへっちゃらだった。
しかし、今やその人数は3人にまで増え、”釣りは昼まで”というのが夫婦間の暗黙の了解となっている。
歩きに要した時間と帰りの時間を計算すると、うん、20分も釣ってられないね(汗)
川の規模・水量からしたら地元の小渓流と大差ない。しかし、5歩も歩けば浅瀬からでも何匹かの魚影が上流へ走る。
フライを結ぶ手が震える。しかし、ここまで来て焦っても仕方ない。微弱な電波をなんとか拾い、嫁に「す まん、上 流へ来 す ぎ た。1 時間は 遅 れる」と連絡。電波は相当弱く、後にそれは奇跡だったと気付く。
チビを何匹か釣るが、正直ここまで来たからには大物を期待したい。
「デカいのが釣りたい」 「早く帰らなければ」 「デカいのが釣りたい」 「早く帰らなければ」 「デカいのが釣りたい」 「早く帰らなければ」
心の中で葛藤が続く。
見覚えのある淵。10年ぐらい前の自分の姿が、一瞬目に浮かぶ。遠目にも魚影が多数見えたので、動画の撮影に没頭。
少し進むと、グッドサイズがヒット。
25cm
さらに少し進み、小さなポイントに差し掛かる。
「もうこれで最後」
何度そう念じたか分からないが、ナチュラルに流れたフライに、ゆっくりとデカい頭が浮上した。
!!! ブチッ
がああああああああぁぁっーーーーーーーーーーー!!!!
今のは絶対、尺は・・・などと言うのは、太古の昔より何度も繰り返されてきた逃がした魚は大きい典型事例なので割愛。
しかし、その大物が釣れなかったことで諦めがついたので、撤収する事にした。
少し川を下って林道へ上がる。
道路までは15分ぐらいか。山道をテクテクと登り始める。
10分ぐらいは歩いたか。何となく、違和感を感じ始めた。
「こんな平坦な道だったっけ?もっとグネグネ曲がってたような??」
さらに10分歩いた時点で、さらに嫌な予感がしてくる。
「確か、川に入る時はしっかりした踏み跡があって、そこから左に折れる感じで山を下ったはず。今まで歩いてきた道に、そんな場所は一カ所も無かったような!? 道を間違えたのか? でも、明らかに人が歩いた形跡がある。このまま進めば道路へ出る・・・はず??」
この時点で心臓がバクバク。しかも、右膝に痛みまで出てきた。
「何かおかしい。絶対おかしい。多分、もう道路へ出るぐらいの距離は歩いてる。進む?引き返す?どうする??」
今更引き返すと、もし正しいルートだった場合、Uターンしてスタート地点に戻るだけなのでそれは避けたい。
入渓点で電波を拾えたのは、山が開けてる地形の偶然であり、当たり前のように山深いこの辺りは電波が届かない。
この状況、進むしかない。人間が造った道があるのだから、どこかに通じているに違いない。
ピキッ!
あ・・
あがが・・・
脚が・・・・!
脚が逝ったあああぁぁぁぁっ!!( ̄▲ ̄;)
その場に立ちすくむ。
ああぁぁぁ!!動け!動け!!俺の脚いぃぃ!!!( ̄■ ̄;)(※昔の鳥人間コンテストのパイロット風に)
今、どこにいるのか分からない。そして、どこに行けばいいのか分からない。ついでに、足が動かない(滝汗)
どこ!?ここはどこ??
孫:ばば様、俊、死ぬの?
ばば様:定めならね。従うしかないんだよ。
孫:ものスッゲー悪あがきしてるけど・・・
ばば様:子どもたちよ、わしのめしいた目の代わりによく見ておくれ。
孫:遭難する瞬間を?
熊鈴がないので、視界が悪いところではワ〜!とかア〜!とか、大声を出しながら進む。人がいるところでやったら完全に変質者だが、誰か人間がいて気付いてくれたらいいな、という淡い期待を抱きながら。
遭 難
という二文字が、リアルに脳裏に浮かんだ。こうやって日記風に書けばただの笑い話だろうが、「遭難する前は、多分みんなこんな心境に違いない」と心底思った。
しかし、おかしいではないか。じゃあこの林道はなんだ。おまけに電線らしきものまで見える。と、いうことは、人が行き来し、どこか広い道に繋がっているとしか思えない。
しばらく進むと、驚愕の光景が目に飛び込んできた。
【●●雨量観測所☆】
どこですかそれはーーー!!!?
その小さな人工的な物体には、確かにそう書かれていた。
こんなもん、絶対に入渓時にはなかった。見落とすわけがない。
後ろには川の音、左前方には雨量観測所。しかも面倒なことに、林道らしき細い道のような筋が何本か、山の上へ伸びている・・・ような気がする。
人が歩いた道なのか、獣道なのか、偶然そう見えるのか。
全ての判断を自分でしなければならない状況。我ながら、多少なりとも知った場所と油断して山奥に立ち入った事を猛省。
どうする?どうする??
「遭難したかもと思った時は元の場所へ」 「足が痛い」 「家族の下へ帰る時間を1時間以上オーバー」 「この細い道を進めば、あっさり道路へでるのでは」 「山岳救助隊の捜索費用って100万超えるとか・・・。」
色々な情報が頭を駆け巡る。しかし、その時ふと思いついた。
入渓時には微弱ながら電波が通じていた。ならばそこまで戻り、スマホのGPSとアプリを使って国土地理院の地図を参照すれば、林道やダムメンテナンス道の確認ができる!
ハッハッハッ! 所詮は観光地よのう!アマゾンの奥地でもあるまいし、21世紀の最先端機器と英知を結集すれば、現代人に遭難などありえない!
が、次の瞬間、我が目を疑った。スマホの電源を入れると同時に、無機質なメッセージ。
バッテリー容量低下。電源をoffにします。−−−プツン
スマホも逝ったあああぁぁぁぁっ!!( ̄■ ̄;)
孫:俊のスマホ、死んじゃった。
ばば様:その方がいいんじゃよ。あんなものにすがって生きのびてなんになろう。
孫:生き延びないと、このサイトも死ぬんですけど。
これは真剣に遭難するかもしれん。。
なんという浅はかさ。自分を呪う。家族みんなで昼飯を食う光景が、もはや実現不可能な夢のようにも感じる。
しかし、まだ手はある。
21世紀に生まれた若造は知らないかもしれないが、20世紀の時代を生きた我々には確固たる経験がある。生きるための知恵が!
「バッテリーは、温めると少し復活するんだよね」
まぁ、ミニ四駆で得た知識だけどな。
つまり、入渓時に嫁さんと電話できた場所に辿り着けば、その場所から極短時間、SOSの電話をかけることはできる! で、警察が来るでしょ、歩けないから消防も来るでしょ、翌日の新聞に載るでしょ・・・。
いかん。
そんなヘタレな状況、断じて許さん。入渓点までゆっくり戻るにせよ、もう一回落ち着いて考えれば、なぜ道を間違えたか分かるかもしれない。
この時、私の脳細胞は、未だかつてないほど回転した。ニュートリノとか重力波とか、そんなものは完全に超越した、脳神経のニューロンが急激に活性化し、過去の情報、地図の記憶、全てが頭に浮かんできた。
川がこの方向、上流がこっち、入渓したのはここで、途中に見えた橋がこっち、そのまま釣り上がって右に折れて山を登ったから・・・・
ああぁっ!!
逆・・・! 逆に歩いてきた・・・・!!
全てが分かった。早く帰りたい一心で、無意識に上り坂の方へ進んだのだが、しかし、その道は本来、上流まで釣り終えた際に戻ってくる脱渓のルート。久々の場所で、自分が川から上がった瞬間、「山の上へ行かなければ」という意識が判断を誤らせたのである。
足が痛い・喉が渇いた・もし、この判断が間違っていたらどうするんだ・・・?
来た道を引き返す。川から上がった地点を通り過ぎる。グネグネ道に差し掛かる。
見覚えがある!
そのまま藪道を突き進み、バスが通り抜けていくのが見えた時は、本当に涙が出そうだった。
満を持してスマホの電源を入れ、嫁に電話。
「買い物も食事も行けやんし、なにやっとんの!!」
「いやー、ちょっと道間違えて、3倍ぐらい余計に歩いたわ。はっはっは!」(←強がり)
孫:生きてたよ・・・みじけえ夢だったなあ。
ばば様:その者 青き衣をまといて金色の野に降り立つべし。
孫:金色の野って言うか、道路だけどね。
恥ずかしながら帰ってまいりましたーー!
翌日は釣りをせず、観光と家族サービスに徹する。無論、食事代は全ておごらされた(汗)
しかし、入渓点を間違えた時点で慎重になるべきところ、無理して釣りをし、あせって道間違えるという、混じりっ気なしの100%自己責任。
何度か行っている場所とはいえ、山奥の渓は慎重になるべきことを再認識しました。
皆さんに一言。
行き慣れた川であっても、山奥に入る場合は必ず地図を持参!
国土地理院の地図は、ちょっとした林道も表示されているので、物凄く便利。特にA3横の高詳細をA4に印刷したものは、釣りには最適。また、3D表示は事前に釣る場所の勾配が分かるので便利。
さらに、スマホで同地図を見れるアプリ、地図ロイドは、電波が届かなくても事前に地図データを保存しておけるので便利。是非ご利用ください。
あと、無理は絶対禁物です。(←オイ)