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令和元年6月のつぶやき

 

私が趣味?でやっている

とても下手なゴルフ(ゴルフ)

 

良い球を打ちたい(ナイスショット)のか?

良いスコアを出したいのか?

曲がる球でも良いスコアでまわれる

 

とあるプロが言っていました

 

岡山県内の合気道の普及の道も……

 

良い技(または伝承)をしたいのか?

良い普及をしたいのか?

本筋から外れた技でも、やり方で普及する(うけとる側が魅力を感じれば)

 

と個人的に考えています。

 

ちょっとドライな言い方になりますが、

門下生がいなければ、普及も伝承もないのです

 

微調整は伝える先生の腕次第()

 

まず伝え方に創意工夫をし、

興味を持ってくれば少しずつ微調整すれば良いと考えています。

 

それでも技の形を守りたい人も

いる事も事実です

 

そこは否定しません

ただ、勿体無い

 

ゴルフのレッスンプロはたくさんいる中で、たくさんの伝え方(進化)をしています。

(レッスンプロの数だけ…)

私は大いに

学ぶ必要があると思います

 

 

 

偉そうに……スミマセンm(__)m💦

 

 

 

 

平成30年2月のつぶやき

 

長く同じ事を経験していると無意識に出来て しまう動きがあります。

それはスポーツや仕事、勉学の中にでも現れることでもあります。

それに自ら気付く為には、あらゆるものから「感受」しようとする姿勢が大切であります。

大敵なのは当たり前になってしまい気付かないことです。

何事にも感謝の念を持ち続けることが「感受」の種になるのではないでしょう か。

私のやっている合気道では、技をやる人と、受けをとる人(攻撃態勢で臨み、やられる)になり、技と受けの型を行い稽古してまいります。

ある合気道の先生が、人生の極意は「受け」であると仰せられました。

「受け」は単なる「やられ役」ではなく、技をやる人と同様に自分の中心を保ち、自分を守 る・・・受けは技に通じているのだと私は考えています。

この考え方から、一部の合気道の有段者が大人や有段者のみを求めて稽古してしまうのは危険であると 思います。

他のスポーツ、武道ならば子供達がいれば、子供と練習、稽古し、技術を言葉に頼らず伝え導き、大人も学んでいるはずです。

小さな子供の柔らかく、弱い力を 感じ「受け」をとっていないと、名人達人といわれる先生、師範の手を握れるチャンスがあっても、何も「感受」できないで、成長も見込めない。

成長の可能性 がある人ほど、好んで子供達と稽古できるし、大人同士、有段者同士で組んでも無駄にアドバイス、説明に走らず「感受」する事で相手と向き合おうとするはずです。

初心者や子供達をつかまえて「教えてあげないと!」という善意の思い込みがその人の「感受」する能力を低下させていく。

「感受」出来る人こそが言葉に頼らない説明上手なのかもしれません。

技、受け身の体得は、言葉1割「感受」9割くらいで調度良いのかもしれません。

そういった意味では「待つ心」が大切なのです。

 

 

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