合言葉は正義
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『分岐前夜』

「かんぱーい!! あはははははははは」
 バー・パラベラムの店内に、澄んだグラスの衝突音が拡散する。
「やっぱりたまの息抜きっていいわね〜、気分は極楽だわ〜」
「ちょっと飲み過ぎじゃないのかい、天野君。なんだか顔色が複雑だよ」
「なにをおっしゃる克哉さん。私の胃袋は異次元直結だからぜーんぜん余裕なのよう」
「オイ、さっきからバーボンばっかり飲んでる黄ヒゲ眼鏡、ノリが悪いぞ、猛省したまえ」
「……その黄ヒゲ眼鏡ってのはまさか俺の事じゃねえだろうな、芹沢」
「あ、芹沢君、そっちは僕が頼んだはずの……」

 周防克哉は寂しげに取り残されたビトウィーン・ザ・シーツを手のひらの中で持て余しながら、卓を囲んだ他3人に聞こえないように溜め息をついた。
 天野舞耶と芹沢うららの二人は、グラスの中身が2/5を超える寸前に新たなオーダーを取り、それが到着する前に中身を空にして次のグラスにかかるという単純作業を、談笑を交えながら12分に1杯のペースで9度ほど繰り返している。ヒンズー教徒なら間違いなく荒行を疑う過酷さだ。おまけに空いてもいないグラスで盛大な乾杯を繰り返しているので、周囲の客およびマスターがそのたびに振り返る。
 克哉のはす向かいに陣取ったパオフゥが諦めたように煙を吐いた(彼は蒸気機関車を親戚に持たないので、それは勿論煙草の煙だ)。うららの言う通り、本当にバーボンしか飲み物を口にしていない。こちらはまるでアンデスの峻嶮に挑む登山家である。
「あっ、克哉さーん、ほらほらこのカクテル美味しいぞ。ちょっと飲んでみてよ、ふふ」
 おぼつかない手つきで舞耶が差し出したグラスは、克哉のネクタイにちいさな飛沫を残して揺れる。
「……天野君、もう引き上げよう。羽目を外し過ぎて流した噂が無駄になったら、元も子もないだろう」
 彼女は叱られた子供のように肩をすくめたが、克哉は同じ台詞を既に15回も繰り返していたので、16度目の貫禄をたっぷり滲ませて言った。
「そもそも我々がここにいるのは例の写真の二人と合流するためであって、飲み明かすためではない。こんな夜半過ぎに彼らが現れるなんて、僕には到底思えないんだが」
「ロマンを解さないモミアゲに天誅を。とあー」バーボンの瓶底で克哉の後頭部を殴打したのはうららである。ごす、と鈍い音が響く。
「世の中の人が皆アンタみたいに真面目堅物の権化とは限らないのよ刑事さん。閉店間際だから今日は来ないって言い切れる? 絶対?? 命賭ける???」
「やめとけ、周防」苦い顔でパオフゥが呟いた。「酔った女に口で勝とうとするのは若造の証拠だ」
「そうだぞー、イイ女に逆らってはいけないのだ」まだカクテルを手にしていた舞耶が言う。
「……頂くよ……」
 頭をさすりながら彼はグラスを受け取った。
 淡い青緑色で、微かにミントの香りがする。すがすがしい甘苦さが、火照った身体に心地良い。
 まあまあだね、と怒った振りをしながら克哉は答える。
「『サザナミ』っていうんだって、ここのマスターの命名としては新鮮よね」
 彼女は黒髪を揺らして笑った。


「……天野君、どうしたんだろう」
 克哉は洗面所を振り向いた。舞耶がいつのまにかそこに消えたきり、なかなか戻って来ないためである。
「かなり飲んでいたみたいだから、倒れたりしていないといいんだが」
「そんなに心配なら周防さんが見に行ってあげればー?」
 うららが彼を茶化した。やや弱りはじめた徴候が見られるが、彼女は相も変わらず17分に1杯のペースでグラスを空けている。
「ぼぼぼ僕が婦女子のけ、化粧室に入れるわけないだろう!!」
「台詞かんでるぜ、思春期デカ」憮然とした表情でパオフゥも言う。平素の不機嫌な顔はいわば彼のポリシィであるため、別に怒っているわけではない。
「芹沢、ちょっと行ってこいよ。巧みに装っているから、なんとか男と見破られずに済むだろ」
「あにィ!? アタシのどのへんが男だってのよぉ、ちょっと表出な、アンタ」
 うららが啖呵を切りかけたその時に、ちょうど舞耶がふらふらと席へ戻ってきた。こころなしか顔色が青い。
「マーヤ、大丈夫?」さすがにうららも激昂をひそめて舞耶の顔を見る。「お水もらってこようか?」
「大丈夫、ありがと。ちょっと気分が悪くなっただけ」彼女は片手を振った。
「……やっちゃった?」うららが開いた口の前で掌を見せ、手首を内側に曲げながら下ろすジェスチャーをした。年輩の女性と元男性がたまにこういった仕種をするが、この場合は手で液体を表現していると受け取るのが正しい。
 ちょっとね、と舞耶は弱々しく笑ってみせる。
 そのままおぼつかない足取りでどこかへ歩いていこうとするので、克哉が慌てて席を立ち、止めた。
「天野君、君の席はこっちだよ」
「んー。でも少し、風に当たってきます」
「君は今の自分の状況をわかってるのか? 深夜に若い女性がひとりで、しかも酒気を帯びて立ってなどいたらどんな犯罪に巻き込まれるか……」
「この天野様がイケナイ男子諸君に負けると思いますか、君」そう言い残した舞耶の姿は、既に克哉の視界にはない。
 扉に据え付けられたカウベルの音だけが、からん、と白々しく響いた。
「……アタシ、ちょっとマーヤ見てくるよ」腰を浮かしかけたうららを克哉が制する。
「君も酩酊している。僕が行こう」ドアの把手に手を掛け、振り返らずに彼は言った。「その間に会計を済ませておいてくれ」
 不粋だぞ横暴刑事ー、とうららが叫んだが、彼は聞こえないふりをした。


 冷たく湿った夜の大気が克哉の頬に触れる。
 扉を閉めて横を見ると、彼の連れはすぐそこにいた。
 彼女はガラス張りの壁にもたれて目を閉じている。どうやら身体的に絶望的な状況からは脱しているようだが、少し寒そうだ。
 克哉はジャケットを脱ぐと、背を上にして舞耶の肩に着せかけた。舞耶の隣に並び、車道のアスファルトを意味もなく見つめる。青葉通りは夜間の交通量が少ないため、どの車も視界を滑ってはすぐに姿を消した。
 ネオンの照り返しさえ謙虚な夜だ。
「天野君、大丈夫かい?」
 答えはない。眠ってしまったのだろうか。
 酔うと彼女はどこでも寝てしまう癖があるのを克哉は思い出した。二人が出てきたら一度起こさないといけないな、と考える。可哀相だが自業自得と言えないこともない。
「?………」
 彼は胸のやや下あたりに違和感を感じ、視線を落とす。
 そこには舞耶の両腕が巻き付いていた。
 例えるならベア・ハッグの極め位置を20センチほど下にずらして真横から技を発動した体勢であるが、物理的破壊力は正式なそれと比べれば格段に劣る。
「天野君?」舞耶は克哉の脇腹に顔を埋めているので、彼からは舞耶の頭しか見えない。
「そろそろ、うち、帰ろっか」子供のような声で彼女は言う。
「あ、ああ、二人も今出てくるはずだよ。もう帰れる。だからその、腕を」
「いいよ……置いてっちゃお、二人で帰ろ」
 克哉は自分の脳細胞が勢いよく空転を始めるのを感じた。おそらく1分間に84000回は回っていることだろう。心象風景に、形容しがたい何かがめまぐるしく去来しているので、彼は絞り出すような声でこう口にするのが精一杯だった。
「ば、バカな……馬鹿なことを言うのは止めるんだ。君は酔ってるんだよ」
「なにおう。自分だって酔っ払いのくせに。ばかっていったほうがばかなのらあー。…ぐう」
 克哉は溜息をついた。彼女は酒を飲むたびに、連れの男性にこんな態度を取っているのだろうか?
 ずるりと彼女の身体が滑り落ち、克哉が慌ててそれを支える。
 彼は舞耶を抱えて扉を開け、連れを手招きした。
「どうしたの、マーヤは?」うららはメンソール煙草に火をつけている。二人を見て小さく口笛を吹いたが、克哉にその理由は解らなかった。
「だいぶ酔いが回ってしまっているみたいだ。……芹沢君、彼女はいつもこうなのかい?」
「5回に1回くらいの割合でそんな感じよ。そうなると一大事ねぇ」一大事をナノミクロン単位ですら感じさせない声でうららが言う。「悪いけど周防さん、その子送ってってやってよ」
「ちょっと待ってくれ、会計はどうしたんだ。君達は帰らないつもりなのか?」
「ヤボなモミアゲ刑事のモラルに付き合ってらんないわ」
 言うなり彼女はきびすを返し、泰然自若と煙草をふかすパオフゥの卓へと戻るかと思いきや、再び顔だけを克哉の方に向けて、言った。
「そうそう。親友に半端に手ェ出したりしてみなさい。オネエさんが頚椎をカカトで砕いて殺しちゃうわよ」
 口許は笑っていたが、今の彼女なら不可能ではないかも知れないと彼は思った。


 克哉の主観をもって相対的に表現するなら、街はどこまでも静かである。
 なにしろ彼には、すぐ耳許から発せられる舞耶の寝息の他に、ほとんど何も聴こえない。
 タイヤの摩擦音だけがしめやかに響く。
 克哉は舞耶を背負って青葉通りを歩いていた。終電の時間に少し余裕があったので、タクシーを捕まえるより駅まで歩いた方が早いからだ。
 彼女の身体は暖かい。見ているぶんにはむしろ寒そうだったので、克哉は少し意外に思った。たぶん、血中アルコール濃度がこの上なく上昇しているせいだろう。
「気分はどうだい、天野君」
 延々と続くシャッタの群れを眺めながら克哉は言った。
「しーん」いつの間にか起きていたらしい舞耶が即答する。「だれが天野君だ。マーヤって呼ばないと返事してやらないのだあ」
 とんでもない酒癖の悪さだ、と彼は内心閉口する。克哉も人のことは言えないのだが、それにしても彼女ほどではない。
「いいかい天野君、文明国とはいえ日本の治安を甘く見てはいけない。昨年の日本における強姦および強制猥褻の被害者数は6000件を超える、つまり裁判や事情聴取によって尊厳に抵触することを恐れ、通報すら出来ない気の毒な被害者を含めればこの数字はあくまでも最低値でしかないということだ。つまり性犯罪の被害者の大半に位置する女性がこれほどの危険に常にさらされる可能性を抱えていることをかんがみれば、その可能性を少しでも低減させるために、我々法の番人ばかりでなく君達自身もまた自衛の手段を」
 克哉は歩きながら延々と喋り続けた。すれ違う人間がもれなく振り返って注視しているが、それは背後の舞耶のせいだろう、と彼は解釈している。
「要するに僕が言いたいのは、もうこんなわがままは無しだということだ。君にも多分の反省が必要だということは解っているね、天野君」
「マーヤ」
「……わかった、訂正しよう。解っていますね、マーヤお嬢様」
「よろしい」舞耶は克哉のうなじに突っ伏してしまう。何度目かも知れない溜息が洩れた。
 ……まったく、振り回され通しの夜だ。
 だが不快ではない。不思議なことに。


 ふと、背中の感覚に誘われて、克哉はそう遠くない昔を思った。
 あたたかい夕焼けの色と、すこしだけ窮屈な制服の襟元と、安らかな背中の寝息を思った。
 遊び疲れた帰り道、迎えにゆく兄に背負われながら、いつも家に着く前に眠ってしまった弟。
 その無邪気な寝顔には、恐れるものなど何もないように見えた。
 いつしか、いま現在の弟がそこに重なる。
 二次関数のグラフのように隔たった彼と自分。
 限りなく漸近していた曲線が、ある一点を通過した瞬間、対称の弧を描いて遠く離れていく。
 そんなところまで良く似ているのが皮肉だ。


「……うららあ、ごめんね。駄目ね、私。重いでしょう」
 思い掛けない台詞を舞耶が口走ったので、彼は足を止めた。

 ……なるほど、
 それでマーヤ、か。

 らしくない駄々をこねるはずである。
 まさか本当にうららが彼女をおぶって帰るようなことはないだろうが、よりによって親友を大の男と間違えるとは……。
「天野君。芹沢君じゃないよ、僕だ。周防だよ」克哉は小声で呟いた。
「へ? うららは……? なんで克哉さんがここにいるの?」どうやら奇跡的に声が届いたようだ。
「店を出てからずっとそばにいたのに」彼は微笑んだ。人魚姫並みに控え目な主張だ、と考え、心の中で少しだけ笑う。
 生命の恩人を隣の国の姫君と勘違いしていたわけだ。海の泡になる前に話しかけたのは正解だったらしい。
 そう思ったが、言葉にはしない。
「うららと間違えるなんて……」舞耶はすぐに克哉の背から降りると、下を向いた。
「ごめんなさい……知ってる道だから、もうひとりで大丈夫。どうもありがとう」
 ところが、彼女は克哉に頭を下げると、駅とは反対の方角に歩いていこうとする。
「おい、駅はこっちだぞ」
「平気よ、ここからなら電車に乗らなくても帰れるし」
「港南区まで歩いて帰るっていうのか? ナンセンスだ」
「でも、歩いて5分とかからないわよ?」
 克哉の背筋を生暖かい電撃のようなものが走った。
「……ここが何処だか解ってるかい、天野君」
「やあねえ、駅前のシーサイドモールじゃない。克哉さんたら」
 舞耶がさらに何か言いかけたが、克哉はそれを待たずに彼女を背負うと、無言のまま青葉駅を目指して歩きはじめた。


 そして、克哉は舞耶をおぶったまま、ルナパレス港南の表玄関に立っている。
 何故かと言えば、このマンションがオートロックだからだ。鍵がなければ建物にすら入れない。
「天野君、着いたよ」彼は自分の身体を軽く揺すって舞耶を起こす。
「んー」目を閉じたまま彼女は唸った。寝ぼけているようだ。
「眠いだろうが、少しだけ我慢して鍵を出してくれるか。でないとここで立ち往生だ」
「……鍵、かぎは……ええと」
「まさか、店に置いてきたなんてことは無いだろうが……」
「けつポケット」
「………」
「まちがえた。それはズボンの時だった」
「………」
 彼女は夢遊病者のように胸のポケットをごそごそと探ると、鍵を取り出した。
 それが精一杯だったらしい。
 ちゃりん、という小さな音と同時に力尽きてしまったので、仕方なく克哉が鍵を拾い、玄関脇のパネルにそれを差し込む。
 『天野・芹沢』とプレートが下がった部屋の前に立つ頃には、舞耶はすっかり夢のうちである。
「こんなところを誰かに見られたら、きっと僕は婦女暴行未遂で現逮だぞ」
 人魚姫が一転して森のオオカミだ、とは、もちろん口が裂けても言わない。
 玄関で背中にいる舞耶の靴を脱がせ、克哉も部屋へ上がる。
 ドアを開けると筆舌に尽くし難く絶望的な光景が目の前に広がった。いつもながら彼女の整頓センスは見事なものだ。
「さて……よっこらしょ、と」
 夏物のキャミソールや革のコートやアイロンのかかっていないシャツや真新しい下着や高価そうなスカーフやミニスカートが大量に積載されたベッドらしきものから邪魔な衣類を除けて、彼はそこに舞耶を横たえた。
 それにしても、このベッドは本来の役目を果たせているのかどうか非常に疑問である。彼女は服を上に積んだまま眠っているのだろうか?
 ここに初めて足を踏み入れた時には、空き巣と間違えて通報しかけたのだから本物だ、と克哉は妙な感慨を覚える。
「ちょっと寝心地が悪いかもしれないけど、勘弁してくれよ」
 眠っている(起きていても)女性の服を着替えさせるのは躊躇われたので、せめて毛布をちゃんと掛け、風邪をひかないようにする。
 行き詰まった芸術家のようにひっくり返された紙の山、洗濯すべきものとそうでないものの区別はどこでしているのかすら怪しい衣服の海、床に転がるワイングラスと、忘れ去られた皿の上のクラッカー。
 全部ボウルに放り込んで泡立てたら、案外面白いものができるかもしれない、と彼は奇妙なことを考えた。
 部屋の中はほの暗い。
 窓の外の月は、掬って飲めそうなほどに澄んでいた。
 克哉は舞耶の顔を見る。彼女は左の頬を下にして横たわっている。
 微笑んだ顔はどこか、母親の膝で眠る子供に似ている。
 彼は口を開き、心の中だけで言葉を呟いて閉じた。
 そういえばほんとうの意味で「綺麗だ」と思うものを、ここしばらく見た事がなかったな、と思ったので。

 それから、舞耶の顔を軽く傾けると、その唇にキスをした。

 唇を離したあと、彼女の長い睫毛や柔らかそうな頬を間近に見つめ、彼はサングラスをしていたことに後悔を覚えた。
 月明かりが映えて、もっと綺麗に見えたかも知れないのに。
 そう考えると何故か猛烈に煙草が吸いたくなったが、禁煙中の彼が持ち合わせているはずもない。おまけにこの部屋は煙草厳禁、と来ている。
 一体お前に何があったんだ、周防克哉。
 彼は自問して眉間を押さえる。
 まったくもって、本当に、ナンセンスなほどに、どうかしている……
 禁煙直後だってこんなに煙草が恋しくなったりはしなかったろう。
 それとも、自分も酔っているのだろうか?
「刑法第178条」軽く息を吐いて彼は呟き、馴染みの赤いサングラスを胸許にしまう。
 度入りの色硝子に妨げられない視界はすこしぼやけていたが、それも悪くないと彼は思う。
 小学生だって知っているのだ。
 どうしてもよく見たいのなら、近付けばいいことぐらい。
「人の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ、又は心神を喪失させ、若しくは抗拒不能にさせて、猥褻な行為をし、又は姦淫した者は」
 ――6月以上7年以下の懲役に処する。
 176条の引用条項が脳裏をよぎったが、あと2秒だけ、と自らに言い含めたのち、彼はさらなる5秒半ほどの刑法違反に及んだ。
 ……やはり、酔っている。同僚に見られたら、間違いなく朝までトラ箱だ。
 誰にも聴こえないように彼は笑う。
 さすがに朝までここにいるわけにもいかないので、玄関へ向かうことにした。
 終電は終わっているだろうし、さて、どうやって帰ったものか……。
 悪戯を思い付いた子供の顔で、克哉は懐から警察手帳を取り出すと、その1ページを破り取って、手早くそこに文字を記しはじめた。
 鍵と一緒にポストへ入れておいたら、明日の彼女はどんな顔をするだろう?
『人違いの件は芹沢君に内緒にしておくから、二度とこんなことのないように』
 すこし考えて、更に、こんな言葉を付け加えた。
『それから、嘘つきは泥棒の始まりだぞ』

 舞耶が最後に飲んだのがあの『サザナミ』だったこと、及び、克哉もそれを飲んだこと。
 さらに、洗面所から出てきた舞耶が、うららに対して答えたこと。
 推理小説風に言うなら、これが克哉のメモに残された謎を解く鍵である。

   だが、どうして彼女がそんな嘘を吐こうと思い立ったのか。
 それは誰にも知る由もない。


※蛇足※
「ねーパオ、あの二人、どうなったかしらねぇ。周防さんしっかりやってるかしら」
「……手ェ出したら殺すんじゃなかったのか?」
「『半端に』出したら殺すとは言ったけど。というか半端じゃないならむしろ奨励派? みたいな」
「無理して若者言葉を使うな。痛々しいから」
「コンニャロウ、黄色い青と彼方に沈みたいのか……?」
 ――恐れ入ります。そろそろ閉店の時間となっておりまして。
「げ、ホント? しゃあないなあ。パオ、ほんじゃ今晩あんたんとこ泊まるから」
「何だと?」
「だってうちに帰って周防さんとマーヤがタダナラヌ仲になってたら悪いしー」
「素敵な妄想をしてるところ悪いが、俺のヤサにゃあひとつしかベッドが無えんだよ」
「多少カビの生えた煎餅布団でも我慢してやる。アタシの寝台を提供する光栄にむせびつつ床で眠りなさい」
「……てめえ……」
 ――お客様、申し訳ありませんが揉め事の類は御遠慮下さいませ。
「ちッ……おい、芹沢、ここで来店拒否されたら洒落にならん。行くぞ」
「そ、そーねェ。明日も来なくちゃいけないしー。……うふふふふふ、それじゃマスター、お勘定はこのヒッピー崩れに頼むわねー」
「誰がヒッピーだコルァ」
 ――かしこまりました。それではお会計を承らせて頂きます。(……やはり必要か、用心棒……)


解 説なんと作成日付が2001年1月。克舞耶にすっころんだばかりで、とにかく克舞耶を書きたくてしょうがなかったことが強引なストーリー展開からはっきりと見て取れますね(灯)。
「あまりベタベタした内容にはしたくない」という理由から、某ミステリィ作家の文体をだいぶ意識して(というかモロにパクって)いたりします。話そのものはベタベタですが。(ダメじゃん)

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