フィンランドの教育 −学習義務を中心に−

Perusopetuslain oppivelvollisuudesta

 OECDの2003年度PISA調査の結果,読解力や問題解決能力でフィンランドは,日本,香港,韓国を抜き,世界のトップに踊り出た。フィンランドがPISAの高成績をあげたのはいろいろの要因が複雑に絡まった相乗効果の結果である。教師の質が高いこと,初等教育から高等教育まで教育費は無料であること等々はよく言われていることであるがもう少し詳しく見てみよう。

 フィンランドが単線型学校体型を法的に施行したのは1968年の基礎教育学校法 Peruskoululaki からである。それまでフィンランドではヨーロッパ型の複線型学校体型であった。それを民主的な単線型学校体型に変換し,北のラップランド地方から南へ8年ほどをかけて徐々に南下させ,1977年ヘルシンキの施行で完成を見た。実に日本の単線型学校体型施行から約30年遅れての施行であった(日本は進駐軍,特にアメリカに与えられた制度改革であったが,フィンランドは国会を中心に国民こぞって討論した結果の制度改革であった)。

写真=Jussi 写真=Jussi

 私は1967年〜69年の複線型時代の足掛け3年間フィンランドにいたが,当時のフィンランドは高福祉の時代で,人々,特に庶民はいかに働かないで休業手当を貰うか,失業保険でどうやって楽に暮らせるか等,法の網をくぐり抜けることばかりに腐心していた。そのような大人社会を見ている若者もまた働く意欲を失い,学校の勉強も身を入れてやるのはばかばかしいという風潮であった。厭世的になって酒に溺れ,路上に潰れて寝ている若人をたくさん見てきた。貧乏人の子に生まれたその時から人生航路はほぼ決まっていた。複線型学校体型の社会は,一部の金持ち階級に有利に働き,多くの庶民には不満を残すシステムであった。

 その複線型学校体型を,フィンランドは単線型学校体型に変換した。学校が変わり始めたのは,1980年代に入ってからであろう。学校は人格陶冶を中心におき,子どもたちの心の健康に細かく配慮するようになった。また,基礎学校(peruskoulu,日本では総合学校と言われているが,ここでは基礎学校と呼ぶ)を生涯学習の入り口という捉え,健全な社会人形成のための基礎的な知識と技術を教えるところと規定した。これと同時に教育の国家支配を弱めて必要最小限とし,その権限を地方自治体,学校に委譲した。

 1999年1月1日には基礎教育法(Perusopetuslaki,1998年8月21日成立)が施行され,特に教育の根幹に関する国の考え方を表明した。これによって学校環境は,自由な選択性,柔軟性,個々人に合わせた教育,権利の保護,教育の質の保証,平等など民主教育を実践する上で欠くべからざる要件がそれまで以上に充実していった。

 自由な選択性とは,例えば学区制の廃止による学校間の競争は,教員のやる気を起させるとともに親は子に勧めたい学校を選択でき,芸術コースやスポーツコースのコース制を取り入れて学校の特徴を出すとともに入校生獲得を目指すようになった。柔軟性や個々人に合わせた教育の面では,国が決めるのは必要最小限とし,カリキュラム編成を各地方自治体や学校の裁量に委ねたり,児童生徒の学力や技量,知能などを考慮して編入学年決定する,また落ちこぼれる前に早期発見して早朝または放課後の支援教育(tukiopetus)をする,そして支援教育を行うに当っては,家庭と学校との密な連携を持つことなどを制度化,マニュアル化している。権利の保護の面では,子の教育権や教員の研修権,労働に見合う賃金と夏休みなど長期の休暇の取得権,親の学校選択権や学校教育に対する発言権等々である。これらの権利は常に義務と一体となっているものである。

 民主教育を実践するに当って整えるべき教育環境は前述したとおりであるが,特に基礎教育学校政策の根幹にあるものは,「学習義務 Oppivelvollisuus」であると言って過言でない。日本で通常義務教育として言われているものは,教育基本法第4条に「国民は,その保護する子女に,9年の普通教育を受けさせる義務を負う」とあるとおり,就学義務である。その就学義務が課されているのは子どもではなく,親・保護者の方である。
 フィンランドでは子供が義務として学校に拘束されているのであるから昼食は拘束した学校側が無償で提供するのが筋だということになり,この点で給食費滞納問題で揉めているどこかの国とは大きな差である。

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