2000年度 新入生

重要度:AAA
人数:4名
最終生存率:0%



約4名の新入生が居たはずだが、
結局、この年に生き残ったのはたった一人。
生存率25%にて終了。
マグ政権の厳しさ故の結果というだけでなく、
入ってきた連中の痛さも並ではなかった。
運が無かったという側面もあっただろう。

しかしやはり、風潮として、
「新入生は別にいいよ・・・・」
といった空気が流れていた事も事実。

起こるべくして起こった結果。
「その時よければそれでOK」で苦しむのは
2年後、3年後のメンバー。
1998、1999年度生は、後の後輩に謝るべきであろうか。


唯一の生存者は


<コン>

空気になる事で生き延びた男。
サークルにおいて、この方法がプラスに働く事は
極めて稀。

「居ても居なくても同じなら、居ない方がイイだろ」
という名言の示すとおりである。

「模型を作っていたから生き延びた」
こう言われる事も多いが、
これは後付けである事を、この際はっきりさせておこう。
「まぁ、別にいいんでないの? 一応模型も作るタイプだし」
あくまでこの程度の話でしかない。

では、彼は何故生き残ったのか?

本来、自ら楽しみ方を探せない受身君が
生き延びる事ができないのが模型部だ。

だがしかし、この年の春だけは違った。
それは、皆が欠点を過剰に叩く事に酔っていたから。

隙を見せたらヤラレル!!!!

2年目の方々は、すぐにこの空気を感じられただろうが、
入ったばかりの新入生にはそれがわからなかった。
無防備に自分を晒し過ぎたのだろう。

その中で、自分を全く見せない変わりに、
その欠点も晒さなかった彼のみが生き延びたのは
当然の結果だろう。

まぁ、後の言動を見るに狡猾というわけではなく
あれが素なのだろうが。


そんな彼も、2年後には、
ただ一人の2年生という立場から会長に。

これについては、非難轟々だが結果論にすぎん・・・・
色々あったんだよ。
例えば、Z-3が夏頃までは次期会長に「ZEMSEL」を
考えていたのは紛れも無い事実。
が、十月の段階ではコンの他に選択肢はなかった。
詳しくは、2001年度の項に譲る。

その後2年間に渡り、彼は数々の伝説を残す事となるが、
こちらも後の項に譲るとしよう。

なお、最後まで生き残るかと見せかけて、
卒業間近の年末に、
2000年当時の特攻隊長の手によって死亡。
が・・・まぁ、
単にそのOBの個人的なストレス解消に付き合わされたのは、
火を見るより明らかだったりする。

会長経験者がサークルを追い出されると言う
最後の最後までネタを提供し続けてくれた。



他3人は、コムサイ、スパロボ、ロマサガと呼ばれる面子。
彼らについては死亡項目でまとめて紹介する。