2.むらの近況

大田波多方から杵築に通じる県道の波多方峠にトンネルが開通して便利になりました。ト ンネルの南側出口からは別府湾を望むことができ、また北側出口の脇の高台からは国東半島の中心にある両子山をはじめ、屋山、小門山など山並が一望の下に眺 めることができます。なお鮎帰からこの県道への連絡道路はやっと20045月下旬開通しました。長井さん宅の下は大きな交差路となり道路状況が一変しました(写真)。 長井さんのお宅も写真に見られるように2004年正月に改築され立派になりました。なお杵築の白水のインターから空港道路に乗るとそのまま日出ジャンクションを経て別府、大分または由布院等へ行けますのでこれも便利になりました。

2018年の暮れに北杵築船部の石山ダムの上を渡る橋が開通になりました。このため我が家から杵築インターまで10分で行くことができます。橋の建築に3年、関連道路の建設に3年くらい長く待たされましたが、完成した姿は立派です。杵築の名所の一つになると思います。

鮎帰の池の北側に土手から川口まで200m以上もの距離を大分県が遊歩道を造ってくれました。ここに地区の人が出てさくらの木を植えました。7m間隔で28本八重桜です。この遊歩道に大田村(当時)の活性化予算をもらって広さ8畳の集会所ができました。2004年9月にこの集会所に電気を引き、電灯、エヤコンが付きました。

故尾田重信さんの家は重信さんが亡くなられたあと川野克己さん、出雲公三さん、2006年春からは佐賀県の実業家がご夫婦2人で住んでおられましたが、2014年現在また空き家になっているようです。

鷂社の修理については寄付金が区内で 435万円、区外から 311万円が寄せられ、それに神社積み立て金100万円と区費200万円を合わせ工事を実施しました。その結果、@ 神殿修理、A社務所修理、Bトイレ新設が完了し2003年4月2日に竣工式が挙行されました。その後、残りの寄付塔建設、鳥居の修理工事がされ、すべて完了しました。

町村合併については2005101日をもって杵築市、山香町と大田村の3市町村が合併し、新杵築市となりました。

中波多方にもついに水道ができました。阿部博光さんが区長の時、庄武吉明さんの提案で4班の要望としてあげた水道の建設を区長さんが区の要望として太田村役場に上げてくれました。その結果、時間がかかりましたが杵築市になってから中山間地域総合整備事業に採択されて1億3000万円の総事業費のうち5パーセントが地元負担という条件で中 波多方12名、下波多方5名(事業所2を含む)が集まって2014年5月4日に水道組合が設立されました。水源は大山の小屋野家の屋敷の下の県道のわきに 150メートルまでボーリングした井戸です。毎分40リットルまでの取水が可能ということです。2014年11月の実績は日量7トンと言っています。水道 組合にはその後会員が増えて22の個人、事業所が入っています。