管理人のyonyonです。
「ゆめさき」とかのHNも持ち合わせ
オセロゲームなどでは「ゆめめ」など弱そうな名前で出没してます。
(名のとおり 弱い!)
最近はmobageのソリティアバトルにはまっています
1955年9月28日生まれ 血液型A てんびん座 九紫火星 未歳
性格はA型人間、てんびん座の要素あり、九紫火星の影響も強!
自称「迷える子羊」他称「突進の大羊」本当は羊雲みたいな人間
女であり主婦でもあり母でもあり妻でもある
そしてある意味実家に行けば娘も演じたり、もうすぐ婆なども演じることになる予定。
兵庫県は姫路市の市川の産湯をいただき(きっとカドミウムに汚染されてた)
嫁いで28年夢前川の清き水でご飯をとぐ。
要するに私にとって川はいつも傍にある
そして最後には三途の川ってのを渡るはず
最近時間があったらやってることは
HPの管理と油彩と水彩と俳句の勉強
全然上達の見込みなし。
今やりたいことは
「富士山登山」「ホエールウォッチング」「スケッチ旅行」
人ごみは嫌い 自然が好き山が好き
歌は歌わない 生まれつきの音痴って私のことで希少価値ですぞ。
「中島みゆき」とか「小椋佳」「南こうせつ」などの古い曲を聴く
それはきっとあの頃に戻れるから・・・
好きな食べ物>>お肉以外は何でもOK
好きな色>>どちらかというと青系
好きな人>>どちらかというと 読み難い人
好きな花>>コスモスとか・・・野原が似合う花
2006年7月に富士山登山にチャレンジ
悪天候の為9合目でリタイア!
その無念さを胸に翌年2007年7月に再チャレンジ
今度は雷という悪天候のなか何とか頂上に立つことができました。
yonyon52歳になろうとする二ヶ月前のことでした。
2006年2月に初孫を抱く
そして2008年7月にはもう一人の孫ちゃんとご対面予定
なんとも婆業も板についてまいりました
こうなってくると望まずとも婆街道は開けてくるわけで
我前に道はない・・・なんて言葉は懐かしい夢物語
墓場までのレールがしっかり敷かれてしまってますわぁ
この道を如何にか生きん・・・・
これが今の私の夢
2006年の元旦にメル友が贈ってくれた言葉
「希望に起き 努力に生き 感謝に眠る」
2008年の今年もこの言葉が座右の銘ってのになりそうだ
2008年六月二人目の孫を抱く
2009年はじめてといっても過言ではない体験
飛行機に乗った!空のたび・・・いいですなぁ
沖縄に魅せられた年初めだった
2009年5月
念願だった軍艦島上陸を果たす
複雑な想いを未だ言葉に出来ない日々。
2009年10月
東京二紀展入選
夢にまで見た初入選
三度目のチャレンジでやっと叶いました
2010年1月
市展で奨励賞をいただく
二年続きの落選だったので嬉しいというよりは
やれやれ・・・と、ほっとした気持ち。
今年もまた、書初めに
「希望に起き 努力に生き 感謝に眠る」と書初めをする
今年のささやかな目標として「六甲山縦走」を目論んでいる
六甲山のもっとも高い山高さは931.3メートル、距離は56キロ。
はてさて・・・どのあたりまでチャレンジできるでしょう?
2010年3月
ヒヨコ登山会の方にサポートしていただきながら
六甲山縦走をゴールすることができました
身体はヘトヘトでしたが、心は元気あふれてました
そして9月3日三人目の孫が産まれ
また、11月4人目の孫が産まれ
2010年の後半は婆業に追われた一年でした
そんな中、二度目の二紀展入選も果たせました。
2011年一月
市展で奨励賞をいただく
今年は
「希望に起き 努力に生き 感謝に眠る」
という書初めもする間もない忙しい年始で
去年の書初めを貼ったままです(苦笑)
今年は2月に生まれて初めて雪山に
スノーシューというのを体験いたしました
今年の六甲山縦走は娘が風邪で倒れたため
孫三人を一手に引き受け、六甲縦走よりも体力を
消耗いたしました
その代わりと申しましょうかリベンジと申しましょうか
秋のKOBE縦走大会にエントリーして
ちゃっかり楯をいただきました(*^_^*)
それにムーンライトウォーク、仙人ハイクと
大会にチャレンジの年でした
二紀展3度目の入選も果たし、有意義な一年でした
2012年、姫路市展は商工会議所会頭賞
三木アートフェスでは市長賞と出だし良好
GWには鹿児島の開聞岳にチャレンジ。
山は今年はちょっとセーブかな・・・
といいつつ・・・
7月、伯耆大山のユートピアコースにチャレンジ
楽しい山歩きでした
9月14日、私にとって5人目の孫が誕生
早く生まれ、保育器に入ったり入院したりと
みんなを右往左往させました
この心配は出世払いで返してもらおう(*^_^*)
11月、念願だった三嶺山チャレンジ
頂上では今年初めての霧氷に出会え嬉しかった〜
12月23日、息子の彼女が入籍
二人の記念日らしく、来春には
家族が増えます(*^_^*)
2013年、我が家に家族が増えました
息子が結婚したのです。
可愛いお嫁さんが来てくれました
(やれやれ〜〜〜お弁当から解放された!)
今時珍しい「同居」です(笑)
2Fを若い二人に占領されたので、
私は小さなアトリエを作ってもらいました
(夢みたい〜〜〜)名付けて「方丈庵」
そんな喜びの中、母が他界しました
息子の結婚式にも元気で出てくれたのに・・・
あっけない3ヶ月の闘病生活でした
兄夫婦の計らいで自宅療養できたのがせめてもの慰め。
母が亡くなるとは、こんなにも哀しく空しいものなのでしょうか
2014年、「○○新聞」と名付けて我が家の新聞を発行いたしました
いつまで続くかわかりませんが、
楽しみにしてくださるお客さんもいらっしゃったりと良好です。
二月には三木堀光美術館で「無鑑査作家展」
美術館と名のつくところで展覧会ができるなんて
きっと、これが最初で最後でしょう
6月には同居の長男夫婦に男の子が誕生。
そんな忙しさにも負けず合間を縫って
7月には念願の白山登山。
秋には仙人ハイクやしまなみサイクリング。
充実した一年でした。
2015年、はい、還暦です
今年から我が家の申告は私がすることに・・・
はてさて、どうなるのかしら???
初めて「パート」ってのに出てみましたが
やはり、世間の壁は厚いというか
私がウラシマなのか、結局続かず(涙)
在宅ワーク(画像編集)をすることにしました。
遊びで使ってたフォトショップソフトが思わぬところで役に立ちました
一歳になった孫は行動範囲が広くなるし
主人は自治会の副会長を任され、老夫婦は忙しくなるばかり。
還暦を迎えたらもっとゆっくりとした時間が流れるのではないかと
そんな思いとは裏腹に最近では短針が汗をかいて走るように回ってます。
一年の早いこと。。。。。
でも屋久島にも行けましたし、仙人ハイク縦走も完走できました。
KOREKARA展も第二回を開催できました。
二紀も入選できましたし、県展も入選できました
そして朝展では大賞をいただくことができました
2016年、今年こそゆっくりと・・・と思っていましたが
初めての青色申告、主人の入院、孫の風邪をもらって
肺炎になったりと、HPを初めて休んでしまいました。
この肺炎、熱がでなくて当初「ガン」と疑われたものですから
いろいろ考えることが多くって、やっとかなければいけないことが多くて
思ったんです「私は死ぬ時まで忙しいのか。。。」って。
肺炎ってわかった時、自分の生命線をみて
なんとなく手相を信じた私です。(生命線が長い!)
ただ、時間は無駄使いしたくないと感じました。
それで「ゲーム」をやめました(きっぱり)(あはは・・・)
ストレスからか聴力が一気に衰え、初めて補聴器のお世話になる
最初お借りしたのは100万円もする代物で
「夢の聴力」と名付けたほどでした。
ま。そんなものは庶民には縁遠く、それなりのものを購入いたしました。
これからおそらく一生お世話になる補聴器
名付けて「夢ピアス」愛称は「ユメピア」です
夏には初めてのシーウォーカーを体験。
県展は選外でしたが、二紀展は7回目の入選
アートメーターで10枚の絵を販売できたし
新しい方向も考えだすことができた年でした。
2017年、去年の肺炎から体調がすっきりせず
今年は低山歩きが主流になってしまいました。
一時は酸素濃度も95%と息苦しく辛い思いもし、
入院となってしまって流石に落ち込みました。
病名は「好酸球肺炎」という初めて耳にする病名。
色んな検査の結果、これといったアレルギーはなく
主治医との問診で、絵を描いてること
電動サンダーで絵の具を削ったりしてること・・・
原因はそれだ!って感じで、アトリエの視察。
ほぼ確定的なその原因にアトリエ入室は禁じられ
私は、絵をやめるorやめないと悩みました。
絵をやめるって、そこで培った人とのご縁も
虹のようにきえてしまうものなのです
いつかは、いつかはそうなるのだけれど・・・
悩む私の背中を押してくれたのは
思いもよらぬ主人でした(苦笑
「お前が絵を描いてうまく行ったらワシも嬉しいし
だから空気清浄機を買ってやる」
思わぬ言葉に涙でした。
友達にもらった超高級な防塵マスクなどのおかげをいただき
本当にすこぶる元気なワタシに2017年のとばりがおります。
2018年、念願の小豆島お遍路業に参加することができました。
一週間かかって八十八ヶ所をお参りします。
昨年から気持ちが乗らず、今の自分に問いかけたいことがいっぱいで
心を空しくして・・・・と
そしたら何かが見えるかもしれないと。。。。
で、
何かが見えるとかいう前に
私の思いはまるで場違いのように
皆さん賑やかに明るくワイワイと。。。
え?これでよいのかな〜なんて。
でもね、これでよいのです。
空海は決して悩める人をよしとしてるわけでもなく
いえ、悩める人もよし、苦しむ人も良し、すべてよしというのですけれど
元気な衆生の姿こそが、空海の仏前供養になるという。
ま、そうですね
で、結局悩める自分を卑下することもなく
美化することもなく、いつもどおりのありのままの自分
ひがみもするし、落ち込みもする絵も下手だし、、、
そのままのワタシを大切にしようと思いました。
二紀の絵も休むし初めての海外旅行も行きました。
メチャわがままなワタシになった一年でした。
山はやめた!という主人との旅行は
観光が主流で私は不完全燃焼
これを機に山小屋泊のひとり歩きをしようと
新しい年にむかって夢を馳せる私。
来年も良い一年でありますように。
2019年 二度目のお遍路もお努めでき、心晴れ晴れとした一週間後
そう、令和となって新しい年号の始まる二日前のこと
主人が右の眼を不注意から大けがをしてしまった
大型連休ということもあって入院先は京都。
私も泊まり込むこと3週間。
令和のニュースを病院の一室で見ながら
主人と私は長年続けた親の代からのお店を仕舞うことに決心したのです。
主人は結果的に片目を失いましたが
お店から解放され、散歩したりの「おじいさんらしい日々」を手に入れました
私は年初めより予定してた念願の北アルプスを縦走することができました
燕岳〜大天井岳〜常念岳〜蝶が岳〜上高地下山
この感激は私と山との距離を一気に縮めてしまいました
二紀展も9回目の入賞を果たすことができました
県展も入賞させていただきました。
兵庫アーチストサロンで展示の機会もいただきました。
今年は息子が二回
主人が一回と救急車のお世話になりました。
息子も長らく続いてた咳も止まり
主人も生かされてる片方の目でそれなりの平穏な日々をいただき
私はというとすこぶる元気で・・・・
失って初めて感じる健康のありがたさ
そしてまたその健康は永遠のものではないという実感
いつまで元気で居られるのか、人生を初めて逆算した年でした。
令和・・・平和な年であってほしいです。
2020年
お店をやめてから初めてのお正月でした。
今年は長年の夢だったゆっくりと旅行に行くことを計画していた。
クイーンエリザベス号にも乗る予定だった
コロナというウィルスのために日本が世界がこんなことになろうとは
それでもその合間をぬって北海道の大雪山、
瑞牆山、金峰山縦走。
初めてのテント泊デビューでした。
東北の周遊・・・・隠岐の島、
種子島の衛星の打ち上げなどなど出かけることができました。
いつもお昼ご飯は山コンロを持参して公園などで自炊した。
絵画展はもちろんいろんな公演もほとんどが中止となり
暗い影を落としたまま一年が過ぎようとしています。
2021年
今年もコロナで明けコロナで終わった一年でした。
ここまで長引くと確かに気持ちの上でも経済面でも疲れが出始め
大切なものは何か・・・どうあるべきかと・・・
みんなが考え新しい時代が来たと感じました。
戦争という時代を乗り越えて来られた方々を思う時
これくらいのストレスで負けてはならない!と感じました。
また、些細なもめ事などで心を痛める時、
生きているという証だと思いなおし
辛いことも悲しいことも色形は違うけれど
きっと幸せの形の変形なのだと感じさせていただいた一年でした。
そんなこんなで今年は主人とキャンプに目覚め
キャンプデビューをいたしました。
’22は近場でテントを張って星を見てすごしたい
2022年
今年もコロナで明けコロナで終わった一年でした。
しかしながら・・・・
コロナ以上の大きな出来事、そうですウクライナとロシアの戦いが勃発
コロナで犠牲になる人々とは違う人的な犠牲だ
戦争を正当化する理由を並べるのはやめてほしい。
子供や若者から未来を奪わないでほしい。。。
私個人の出来事といえば
足の静脈瘤の手術、鼓膜形成手術
四国お遍路参り。
(世界平和を祈願)