「買おうかな・・・」
いつものように道の駅で、木の香りが漂う山椒のすりこぎを手に取り眺め入る。
「おとっつあんが、作ってくれたったのんや、汚いやろ」
すりこぎを手にしては、笑っていたお姑さんを思い出す。

物が無い戦後、父が手作りで作ってくれ、それを大事に使っていたお姑さん、すりこぎにはきっと亡き父の思い出がいっぱいだったのだと思う。
「まだ、使えるしな・・・」と、その日も買わずに道の駅を後にした
我が家の赤茶色に変色したすりこぎは、作られて六〇年以上経つはずである。
嫁いで30年余りの私より遥かに歴史が深い。

お姑さんの父が作ったときはどれ位の長さだったのだろう。
山椒のすりこぎより、ちょっと大きめのこのすりこぎは、左手を上に当て、右手でグルグルすり鉢の底を磨るのにも、丁度良い大きさだ。
先も丸くすり鉢に良く馴染む。紐を吊るす穴があいてなくて、引き出しを開閉する度に、ごろんごろんと音を出す。

「身を削り人につくさんすりこぎのその味知れる人ぞ尊し」
この歌を知ったのは去年、お姑さんが使っていた数珠を永平寺にお返しに行った先でのことだった。大きなすりこぎが柱に掛けてあり、その横も板にこの歌が書いてあった。
そのすりこぎも、我が家と同じくらい黒ずんでいて、山椒の木でもなく、我が家と同じ材質に思えた。大きさは全く似ても似つかなかったが、私の心の中ではこの二つのすりこぎはしっかり重なり合った。
「身を削り人につくさんすりこぎのその味知れる人ぞ尊し・・・」
この歌を反復し、意味の深さに立ち尽くした。

お姑さんの父は、すりこぎの持つ意味を娘に託したのではないだろうか?
お姑さんがそれに気付いていたかどうかということは今となっては解らないけれど、私の手の中で、会ったことのないおじいちゃんの想いがすりこぎを通して甦る。
ゴマを買えばすりゴマ、白和えの元に味噌和えの元、つくねやつみれはクッキングカッターと、お姑さんが亡くなってから、ずいぶんと手抜きになってしまった。
料理に限らず、見えぬところで努力すること、縁の下の力持ちなど、無縁のような今の私の生活。これを改めないと、歩むべき道を大きく間違えてしまうところだった。

永平寺でお姑さんの数珠を納め、新たに私たち夫婦の数珠を買った。また息子たちがこの数珠を返しに永平寺に足を運び、あの歌に足を止めてくれると嬉しいと思う。




我が家のすりこぎ