本当に偶然だった。豊かな銀髪の彼女とすれ違ったのは。

「待って、マリーシアでしょう?どうして」
すれ違った瞬間私が動きを止めると、彼女もこちらに気付いて、ものすごく驚いたような顔を見せたと思ったら、そのまま猛ダッシュ。
わけもわからず、手に持った荷物を同僚に押しつけて、彼女を追いかけた。
逃げるから追いかけるのか、追いかけるから逃げるのか。
彼女は裾の長い法衣を着ているとは思えない身軽さで走り去っていく。
けれど結局は体力が尽きたのか、段々と速さが落ちて、町の外れでようやく、私は彼女を捕まえた。
「マリーシア。久しぶりね」
彼女は返事をしない。息があがっていて、それどころじゃないみたいだった。
ただまっすぐにこちらを見て、息を整えている。
「マルス様も心配していたわ。急に姿を消してしまって、おばあさまのところにも戻っていなかったから」
「・・・そう」
やっと声を聞いたと思ったら、随分と愛想のない短い返事。
軍に居た頃の彼女からは、いつも甘く弾んだ声を聞いていたのに。
「ねえ、わたしと会ったことはマルス様には言わないでほしいの。誰にも言わないで?お願い」
「どうして?」
「知られたくないから。マリーシア、オトナになったわ。コドモのわたしを知ってる人には、もう会いたくないの」
確かに、彼女は美しくなったと思う。大人びたと言うのだろうか。
「マリーシアね、あれから旅をしたの。に言われた通り、たくさんのものを見たわ。広い世界を見たわ」
私は驚いて、なんと答えればいいかもわからなかった。
あの甘えん坊のマリーシアが、旅に出ていたなんて。
「でもね、たくさん見れば見るほど、色々知れば知るほど、足りないの。足りなくなるの。もっと知りたいって思うの」
ああ、その気持ちはわかる。
道を究めようと思えば思うほど、ゴールなんてどこにあるのかも見えないほどに遠くなる。
いつか、終わりに辿り着くことが出来るのか、それすら分からなくなる。
「そうね、わかるわ。とても」
実感を伴って深く頷くと、私が理解を示したことで少し警戒心を解いたのか、マリーシアの声に甘みが加わった。
「わかる?ああ、やっぱりならわかってくれるんだわ!嬉しい!」
にっこりと笑うその笑顔は、以前と変わらなくて、私も嬉しくなった。

「ねえ、マルス様は本当に、マリーシアのことを心配しているの。せめて、元気だったと伝えてはダメ?きっと安心なさるわ。大丈夫、どこで会ったとか、何をしてたとか、そういうことは絶対言わないわ」
まさかマリーシアが1人、世界を、知識を求めて旅をしているなんて知ったら、マルス様は心配しすぎて探してしまうかもしれないから。
そう言うと、彼女は困ったように眉を寄せた。
「会う人みんな、反対するの。だからみんなから隠れてたの。わかってくれたのは、が初めて」
それはそうだろう。
あのマリーシアが、って私ですらビックリするのだから。
1人で大丈夫なの?って。幼くて、夢見がちで、泣き虫で、ずっと守っていてあげたくなるような少女だったから。
反対したというみんなだって、心配でしょうがなかったんだろう。
けれど、こうして彼女と話していると、案外大丈夫な気がしてきた。

「おもしろいことがあったら、是非便りを頂戴ね」
「ええ、わかったわ。になら、また会ってもいい。お手紙を出す時には差出人がバレないように、名前は書かないけれど、白い花を添えるわ」
「ありがとう。楽しみにしてる」
次は北に行ってみるの、とマリーシアは笑った。
「じゃあ、今日のことは、2人だけの秘密、ね?」
随分と子どもっぽい仕草で、唇に人差指を立てる。
「わかったわ。約束」
私も、同じ仕草を返した。

ひとしきり笑いあって、別々の方向へ別れた。
さっき荷物を押しつけた同僚は、困っているだろうな。
ちょっと振り返ってみると、マリーシアはぴょんぴょんと小さく飛び跳ねながら、こちらに手を大きく振っていた。
それは、大人びた法衣にまったく似合わない仕草で、私は同じように大きく両手を振り返した。