「ユベロは元気かしら」
魔道学院を訪れるといつも、ユミナ王女は厳しい表情を少しだけ和らげてそう尋ねる。
「ええ、いつもユミナ様のことをお話していらっしゃいますよ」
答えて、失礼だとは思いながらも表情を窺えば、王女は本当にほっとした表情を見せてくれる。
どうして、だろう。
ずっと疑問に思っていたこと。
「ユミナ様は、アリティアを訪問なさいませんか?良ければ、手紙でも・・・」
ユベロ王子からの手紙は定期的に彼女に届いているはずなのに、ユミナ王女からの返信があったことは無い。
ただいつも私が、こうして魔道学院を訪れた折に王女とお会いして、その様子をお話するだけで。
私の質問に、王女は顔を背けて、机の引き出しから手紙の束を出してきた。
王女から、ユベロ王子への。
「出せないわ。ユベロ、こんなに頑張ってるのに、わたしが手紙なんか出したら・・・」
「?」
「・・・ねえ。わたし、このままここに居た方がいいんじゃないかしら。ユベロがグルニア王になった時、わたしがそばにいたら邪魔なんじゃないかしら」
深刻に、彼女が考えていること。
少しだけわかってしまって、でもわかったなんて言ったら、「無礼だ」と叱られてしまうだろう。
「王女、それは違います」
「・・・違う?」
ユミナ王女は手紙を握りしめたまま、私を見つめた。
嘘など許さない、真っ直ぐな、本当に真っ直ぐな視線。
「ユベロ様は、ユミナ様を守り、手を取り合って生きて行くために頑張っておられるのだと思います」
「守り、手を取り合って・・・?」
「ええ。私にはもう家族はおりませんので、出過ぎたことかもしれないのですが・・・血を分けた姉弟ではありませんか。どうして邪魔になることなどありましょう」
きっと彼女は、自分がそばにいることでユベロ王子が甘えてしまうことを危惧しているのだ。
けれど、ユベロ王子はどんどん成長してる。
「・・・もっとユベロ様を信じてさしあげてください。お会いになったら驚かれますよ。見違えていらっしゃいますから」
手紙にはいつも「ユミナと早く会いたい、一緒に暮らしたい」と書いているから、だからユミナ王女は今でも甘えん坊で少し怖がりのユベロ王子しか思い起こせないのだろう。
「そう・・・なのね・・・」
王女の手の中で、手紙がくしゃりと音を立てた。
「ありがとう。次はきっと、返事を書くわ。ユベロに負けないように、わたしも頑張る」
「はい。ユベロ様もきっと、喜ばれます」
「それと!」
なんだか苦笑のような、怒っているのか照れているのかわからない表情をぱっと上げた王女は、少し目を逸らして呟いた。
「血は繋がっていなくても、あなたの周りに『家族』ならたくさんいるでしょう」
ああ、照れているのだわ。
そうですね。王女もそのうちの一人だと、思わせていただいても良いのでしょうか?
思わず笑みが零れた。
「絆で・・・繋がっていますね。本当に、そうです。失礼いたしました」
「そうよ」
憮然としたままそう返事をして、彼女は早速椅子に座った。
「それじゃ、手紙を書くから!もういいわ」
「はい、ではまた参ります」
退室しようと扉を閉めかけたその向こうから、
「・・・いつでも来ていいから」
そんな声が聞こえて。
にこにこしていなくたって、優しい気持ちは十分に伝わっている。
こころ優しいこの王女が、早くユベロ様と再会できますように、と祈りながら、私はかちゃりと扉を閉めた。