「ドーガ殿!お困りのことなどございませんか?何でもおっしゃってくださいね」
「いや、特には」
グルニア守備隊詰所に訪れるたびの口にするこの台詞に、ドーガもそろそろ慣れてきた。
どうもはドーガに関するおかしな噂を鵜呑みにしているらしく、誤解を解こうと教えた嘘の特訓にすら真面目に取り組んでいるらしい。
この間来た時には嬉々として「7人持ち上げました!」と弾んだ声で報告してくれた。
そろそろ小指ひとつで10人持ち上げる日も近いだろう。
憧れの視線を向けられるのも、悪い気がするわけではもちろん無いが、真実とは程遠いところに憧れられても困る。
しかしいつも通り「伝説の英雄ドーガ」に心酔してキラキラと瞳を輝かせているに、今日は横槍が入った。
「ー、おれにも聞いてよ」
「はい?」
急にキラキラゼロの瞳に戻って、は声の方へ一応振り返る。
そこにはだらだらとお茶を飲むロジャーの姿があった。
「おれ、すごく困ってることがあるんだ」
「どうせ、ここには女の子が少ない、とかでしょう」
ぴしゃりと冷めた瞳で言い放って、再びドーガの方へ向き直る彼女に、ロジャーは待て待て待て、と食い下がる。
「違うって!実はノルンちゃんが、たまにここにお弁当を差し入れに来てくれるんだよ。アリティアからわざわざ!これって絶対おれのことが好きだよね?恥ずかしくて言い出せないだけだと思うんだ。おれから告白してあげた方がいいかなぁ?」
「それは絶対に無いです」
きっぱりと答えて、それからはうーん、と少し考えた。
「・・・いえ、そうですね、もしかしたら告白を待っているのかもしれませんから、伝えるなら早い方がいいと思います」
「やっぱりそうかな!うん、おれ頑張るよ!」
早く否定されてその迷惑な妄想を捨ててください、とが呟いたのは耳に入らなかったらしい。ロジャーはウキウキと詰所を出て行った。
「、あとで愚痴を聞かされるのは私なんだが・・・」
どちらかといえば勝手に勘違いして勝手にウキウキし続けてくれた方が楽だったなと思いながら一応それだけ口にすれば、彼女は「えっ」と声をあげるのとほぼ同時に弓を手に取った。
「ちょ、ちょっと待て、それをどうする気だ」
「ドーガ殿がお困りならば、私がお助けします」
「いや、そこまで困ってはいない!大丈夫だ!」
「そうですか?」
ちょこんと首を傾げて、は弓をしまう。
それから真摯な瞳でドーガを見つめ、にっこりと笑った。
「でも、もしお困りのことがあれば、本当に何でもおっしゃってくださいね。それでは今回はそろそろ、報告に戻ります」
「あ、ああ」
深々と頭を下げて、ドーガの報告書を大切に持った彼女は詰所をあとにする。
その後ろ姿を見送りながら、今回も誤解が解けなかったな、とドーガはがっくりとうなだれた。