「「あ」」

見知った顔に、お互いの声が重なる。
のこめかみがピクッと引きつった。
「あっはは・・・さん、久しぶり」
「そうですね。お久しぶり」
「じゃ、おいらはこれで・・・」
サササ、と足音も立てずに立ち去ろうとするリカードだったが、当然咎める声が背にかかる。
「待って」
あ、やっぱり?
そう言ってリカードはすんなりと立ち止まった。
「まさかさんがこんなところにいるとはねー。料理、少しはうまくなった?」
「・・・それはあまり。そんなことよりリカード殿は」
「あ、盗み」
二カッと笑われて、は盛大に肩を落とした。
見つけた瞬間そうだろうなとは思ったが。
やはりここ数日アリティア城に忍び込んでは盗みを繰り返していたのは、彼なのだろう。
「どうしてここに・・・」
前の戦争の時には、色々と世話になった相手だ。
決して褒められたことでは無いが、特技のカギ開けで重要アイテムを持ってきてくれたこともある。
その他にも、「騎士」という人種にはうまく出来ない細かい作業をジュリアンとともに請け負ってくれていた。
軍においてもそうだが、こと個人においては、軍に滞在中に苦手な料理を指導してくれた恩人である。
まさかマルス様が彼を打ち首にするなどと言うこともないだろうが、それにしても。
「何か理由があってお金が必要なのでしたら、どうか言っていただければご用意しますから」
頼むから危険なことはやめて欲しい。
見つけたのがで無ければ、即刻捕まえられて牢行きだっただろう。
そう話すと、リカードはからからと笑った。
さんじゃなけりゃ、捕まらなかったよ」と。


***


とりあえず今回は見逃そうと、は彼を自室に招き入れ、少ないですが、と金貨の袋を差し出した。
それに対してリカードが、あからさまに嫌な顔をする。
しかしはそれでも、無理やり袋を押しつけようとした。
「受け取ってください。お金が必要であれば、私のところへ来ていただいても構わない。だからどうか、マルス様のもとから盗むのはおやめください。マルス様はとても心を痛めておられて、それは私にとっても辛いですから」
真剣に、そう伝えると彼はつまらなそうに息を吐いた。
「あーあ、あんたもマルス様も、ホント変わってるよ」

興がそがれた、とでも言いたげに袋を見ていたリカードが、やがて指を一本立てて楽しそうに声を上げた。
「あ、そうだ。じゃあさ、さんに免じて、城からの盗みはやめる」
「わかってくださったのですか?」
もパッと明るい表情を見せた。
「んーん、だから代わりにさ、その袋を隠しててよ」
「え?」
「おいら、これからここに来る時は、その袋だけを目当てにくる。だから、盗まれないようにあんたが守ってて」
「ええ?」
ちっとも意味がわからない。困り果てたが握りしめたその袋に、リカードは一枚のカードを投げつけると、窓際へと飛び退った。
「これでも義賊だからね。施しは受けないよ。おいらタダのケチな盗賊だけど、別れる時に、アニキと約束したんだ。せめてホントに『義賊』になるって」
後ろ手に大きな窓が開かれた。カーテンがふわりと舞って、明るい月が暖かな部屋を照らした。
「あっ」
一瞬で、リカードの姿が消える。思わず窓際へ駆け寄ったの頭上から、小さく笑い声が聞こえた。
見上げても、その姿は無い。
「それを盗まれたら、あんたの負け。おいらとの勝負だよ。騎士サマなんだから、大事に守り抜いてよね」
「そんな、それでリカード殿に、どんなメリットが」
姿の見えない声に、それでも問いかけると、もう一度、今度は遠慮のない笑い声が聞こえてきた。
「だってそしたらさん、ずーっとおいらのこと考えるでしょ」

すぐに笑い声も聞こえなくなって、は先ほど投げられたカードを拾い上げた。

そこには、覚えたての字を披露する子どものような書きなぐりで、大きく文字が残されていた。


【 ぎぞく ちんじょう 】


「参上」を間違えたのだろうけれど。
思わずプッと吹き出して、は静かにそのカードを引き出しにしまいこんだ。