朝は、こどもたちより3時間ほど遅れて起床。
いや、違うぞ。
おれはここで暮らす皆を守る騎士なのだ。
だからいざという時の為、普段は身体を休めておかねばならないのだ。
英気を養っているのだ!
「あんた、やっと起きたのかよ。朝からが来てるぜ。挨拶ぐらいしとけよな」
ん、ジュリアンか。
まったく、かわいい妹に手を出したくせに、兄のおれに対していつまでも敬意が足りないな。
・・・ん?
「・・・?か」
懐かしい名だ。
というと、以前なんだか大変な戦争に巻き込まれた時に、マルス王子のおつきをしていた弓騎士だ。
ああ思い出したぞ。
レナを救い出すという重要な、ものっすごーーーーく重要な役目を任せてやったというのに、実際はその役目を、よりによってジュリアンなんぞに譲ってしまったやつだ!
おかげでおれのかわいいレナは、ジュリアンと・・・!
そうだそうだ、一言文句を言わなくては!
うーん、どうでもいいが、寝癖が直らないな。まあいいか。
「おはよう兄さん」
お前はいつ見ても天使のようだなレナ!
「今日はみんなで大掃除です。兄さんは、自分の部屋だけでもお願いしますね」
「掃除?」
「そうですよ」
「・・・そういえば今日は、街で約束が」
レナはおっとりと、にっこりと、ゆったりとほほえんだ。
「掃除が終わってからで良いかしら?」
「・・・も、もちろんだとも」
かわいいレナの頼みだ。断れるわけがない。
・・・どうでもいいが、魔王ガーネフとかいうのに捕まってから、戻ってきたレナはちょっと恐ろしくなった気が・・・いやいやそんなわけがない。
「それから、さんがいらしてくださっていますから、ご挨拶してくださいね。今は子どもたちと、お庭のお掃除をしてくださってます」
「わかった!」
自分の部屋の掃除・・・面倒だ。
そうだ、一言文句を言うついでににやらせればいいか!
残されていた食事をのんびりと口に詰め込んで、部屋を出ようとしたところで、うしろからジュリアンがほうきを投げつけてきた。
まったく失礼なやつだ。
「おい、食べこぼしぐらい掃いてけって。なんでこんなに汚れるんだ。子どもたちだってもっと綺麗に食べるぜ」
「お前がやっといてくれ」
ほうきを蹴り返したところで、ジュリアンの後ろからレナがにっこりと再びほほえんだ。
「・・・悪い、やっぱりやる」
やっぱりレナはまだ、ガーネフとやらの魔法にかかっているんじゃないだろうか。
庭まで行ってみると、確かにはいたのだが、こちらを見るとすぐに駆け寄ってきた。
「マチス殿、随分と遅くまで寝ていらしたのですね」
「ん?いや、昨日は少し忙しくて・・・」
何やら雲行きが良くないぞ。
「いいえ、レナさんから聞いています。マチス殿が、毎日いいかげんな生活を送っていると」
「いやいや!レナが知らないだけで、おれは陰でいろいろとだな」
「・・・そうですか、わかりました」
「わかってくれたか!」
うん、ちょろいな。
「ええ。いいかげんな生活を送っているだけでなく、嘘をおつきになられるような方だとは、残念です」
あれ?
「ちょ、ちょっと待・・・弓矢はしまってくれると助かるんだが・・・!」
「では、今すぐご自分のお部屋を掃除なさってください!」
「わっ、わかりましたーーーっ!」
結局掃除をすることになってしまった!
女は恐ろしい!恐ろしいぞジュリアン!!
「ありがとな、」
「いいえ、役に立てたならいいんだけど。こんな忙しい時にお伺いしてしまって、こちらこそごめんなさい」
今頃アリティアに戻っているはずだったのに。
迷った末に年末の慌ただしいさ中の修道院へと辿り着いたのは、運が良かったといえば良かったのかもしれない。
「ありがとうございます、さん。兄さんにも困ったものです・・・。良かったらこちらをどうぞ」
「わあ、おいしそう!」
具のたくさん入ったスープは、冷えた身体を芯から温める。
「さあ、あいつ、ちゃんと片付けるかな」
ジュリアンがのんびりと、2階のマチスの部屋の窓を見上げる。
「あら、片付けるまで食事は無しにするわ」
とジュリアンの隣に一緒に腰かけて、スープを飲みながらレナはにこにこと言った。
「私も、自分の部屋を片付けなくちゃいけなかったわ・・・」
本当は、マチスを糾弾できるような立場ではない。
は自室の惨状を思い出して、それが存在するアリティア城に向けて、心の中で「ごめんなさい」と呟いた。
「、どうした?」
「あ、ちょっとアリティア城を思い出して・・・」
思わず祈るようなポーズを取っていた彼女に、レナはやはり柔らかい笑顔を浮かべて逆方向を指差した。
「さん、アリティアは向こうですよ」
これも、来年にはどうにかしたい。
風の冷たい年の暮れ。はそっと目を閉じて、心の底から祈りを捧げた。
来年は、方向音痴が少しはマシになりますように。