「戻ってくる気はないの?」
私の問いに、ルークは少しだけ寂しそうだった。
もっと勝手で、だけど楽しくて、負けず嫌いで、彼はそんな人のはずなのに。
「いいじゃない、前みたいに。私たちと居た頃みたいに、好きに振る舞えばいいじゃない」
「オレは好きにやってるぜ」
「嘘」
病気が治って、晴れてアリティア騎士として軍に入ったお兄さんの為に、騎士をやめたくせに。
「嘘じゃねぇよ」
「だって、あなたは騎士として生きていきたかったんでしょう」
経験を積み、強くなりすぎてしまったから。お兄さんの傍で、お兄さんよりも上にいることを拒んだくせに。
兄を立てろという家族の圧力もあったらしいと、ロディは言っていた。
裕福でも、思い通りにならないことはたくさんあるのだな、と。親友だった彼も寂しそうで。
ロディだけじゃなくて。セシルもライアンもカタリナも。
元第七小隊のみんなは、ルークがいなくなってすっかり落ち着いてしまった。変わりないようで、何か足りない、そんな空気になってしまった。
原因はこの男以外に無い。
「他にやりたいことも見つけられないんでしょ?」
だから、いまだにふらふらと遊んで暮らしているくせに。
「お前にはわかんねえよ」
そりゃ、わからないわよ。それでもわざわざ会いに来たんだから、考え直してもらえないと困るの。



「あなたは嘘つきだわ。絶対惚れさせてやるって言ったのに」
「はぁ?」
きっと無理していたに決まってる、真面目で重そうな雰囲気を纏っていた彼の表情が、一瞬であの頃に戻った。
私からこんなことを言われるなんて、思ってもみなかったに違いない。
「ねえルーク。どうしてくれるの?こんな、惚れるか惚れないかみたいな中途半端な状態で。私、困ってるのよ」
「だ、だってお前、さらっと『それはない』とか言ってたのに!」
どうやら見込みはまったくのゼロだと思っていたのだろう。ものすごく慌ててる。
「言ったけど。結構かっこいいかも、とか思っちゃったものはしょうがないでしょう」
努めて冷静にそう言うと、もう言葉もないようで、口を開けたまま、次の言葉が出てこないでいる。
「お・・・」
「お?」
やがて、やっと口を開いたら「お」。首を傾げて見つめると、ルークはびしっとこっちを指差して叫んだ。
「お前がそういうこと言うなよ!オレならともかく!調子狂うだろーが!」
「そんなこと言われても」
ああ、なんだか以前みたいなやり取りに戻ってきた気がする。
「あなたがいないと調子が出ないのは、こっちも同じよ」
言い放つと、ルークは俯いて頭を抱えてしまった。
沈黙が流れる。

「あのね。私やっぱり、いつまでもあなたと」
競っていきたいの、と続けようと思った。
だってルークは、私の訓練についてきた唯一の騎士だから。このままいなくなるなんて、もったいなさすぎる。
けれど私の言葉を遮って、ルークがぱっと顔を上げて言った。
「あーーーーもう!わかったよ!なんとかすりゃいいんだろ!」
「出来るの?」
聞くより早く、彼は立ち上がっていた。
「おう!この家は出る。名前も変える。それでもう一度、騎士に志願する。それならいいだろ」
「え・・・?そんな、それにお兄さんは」
「記憶喪失ってことにでもするさ。オレ、この家には未練もねえし」
彼は、にっと笑って頭を掻いた。
「お前の言う通りさ、やっぱりマルス様の騎士で居たいんだよな、オレ。だからやる。やると決めたらすぐやる!」
「そう・・・」
本当だったら、私はここで「家族は大切にしないと」とか、何か言わなきゃいけなかったのかもしれないけれど。
ただ彼が戻ってくると言ったのが嬉しくて。
「良かった」
今日初めての、笑顔を見せてしまった。とても、しあわせな。

、お前・・・それは卑怯だろ・・・」
「え?」
「いや・・・」
彼は、本当に「すぐやる」気らしく、さっさと荷物の準備を始めた。
名前は何にするかな、シリウスでいいか、そうだ仮面があれば、などとぶつぶつ言っている。
剣はやはり大切に手入れしていたのだろう、しまいこまれていた筈なのに、きらきらと光を放つほどに磨かれていた。
「いいか、すぐまた追いつくからな!今度こそ、絶対、完璧にオレにベタ惚れにしてやるからな!」
ルークの腕なら、また私たちと並ぶ日も遠くないだろう。
その日はすぐ来る。セシルもライアンもカタリナも、それからロディも、喜ぶに違いない。
それに私も、きっと嬉しい。
「ええ。本当に、期待して待ってるわ」
「おう!待ってろよー!」
ルークが気合を入れて荷物に放り込んだ傷薬が、ガチャンと割れる音がした。
私はそれをくすくすと笑って、彼に手持ちの特効薬をひと瓶投げて、それから彼の部屋を出た。
次に会うのは、マルス様のもと。お互い騎士として。

「それまでに、もっと腕を磨いておかなくちゃ」
戻ったら早速、日課の訓練メニューを3倍にしようかしら。
嬉しさで頬が緩むのには、気付かないふりをした。