広大なマーモトード砂漠、その中にある魔道都市カダイン。
ほとんど目印の無い砂漠は、極度の方向音痴が彷徨うには厳しい場所だった。


「エルレーン!」
びっくりして飛び起きてしまった。
飛び起き・・・そういえば、どうして横になっていたんだろう。
確か、マルス様の命でカダインに立ち寄り、ウェンデル様にお会いするつもりで。
でも気がついたらベッドに横になっていて、すぐそこでエルレーンが分厚い本を読んでいた。
私が大声を出したせいか、彼はものすごく不快な顔でこちらを睨んだけれど、読書に戻ることはなく、パタリと本を閉じてこちらに向き直った。
「やっと目覚めたか。、貴様はいい加減に、外の仕事は断ったらどうだ」
「え?何が?」
外の仕事というと、こうして使者として他国に来たりすること、だろうか。
言われていることが良く分からずに首を傾げると、エルレーンは大げさに鼻で笑ってみせた。
「砂漠で迷子になって行き倒れるような女に、使者など向かぬということだ」
「いきだお・・・れ・・・」
強い口調で言われたそれに、なんとなくいきさつを思い出す。そうだ、私カダインまで辿り着けなかったんだ。
「思いだした。そうだわ。あなたが助けてくれたの?」
「たまたま通りすがりに貴様が落ちていただけだ。放って行っても良かったが、そのまま干からびても寝覚めが悪いからな」
わざわざ意地悪に言うけれど、それにももう慣れた。
「そうなのね、助かったわ。ありがとうエルレーン」
「礼などいらん!その方向音痴をいい加減どうにかしろ!」
すぐに照れる彼だから、わざとキツイことを言って照れを誤魔化している。「ありがとう」の一言にも、いつまで経っても慣れないらしい。
こんな風に思っては悪いが、正直、カワイイ。
「そうね、本当に・・・どうしたらいいのかしらね」
こればかりは悩んでいるのだが、まったく改善の余地が見られない。
エルレーンの言うとおり使者など向かないのだろうけれど、マルス様の頼みを断るなんて考えられない。

「とりあえず、仕事を済ませてくるわ。ウェンデル様はお元気でいらっしゃる?」
「ああ、お前が来ると聞いて、予定を空けてお待ちだ。早く行け」
「あらそうなの?大変!」
私がバタバタと立ち去るのを、エルレーンは呆れたように見送ってくれた。


・・・が、またも屋内で迷ってしまった。エルレーンと別れてから案内役の魔道士と会うまでの、ほんの少しの間だったのに。


***


なんとか用を終えて、アリティアに帰ろうとしたところに現れたのは、またもエルレーンだった。
ウェンデル様はご多忙なので、代わりに見送ってくれるのだろうか。彼も忙しいに違いないのに。
「エルレーン!見送りに来てくれたの?ありがとう」
笑顔を向けると、しかし彼は不機嫌そうにかぶりを振った。
「違う」
「?」
見送りで無いとしたら、何か私が忘れ物でもしただろうか。
不思議に思いながら続く言葉を待っていると、エルレーンは嫌そうに口を開いた。
「また行き倒れられては困る。俺が貴様をアリティアまで送り届ける」
「・・・?え?」
何故カダインの、多忙であろう高司祭が本人自ら?
もちろん、送ってもらえれば助かるが、それにしてもエルレーンに送らせるのは悪いんじゃないだろうか。
迷っている私に、ついてきていた魔道士の1人がそっと耳打ちした。
「エルレーン様たってのご希望ですから」
思わず振り向くと、その若い魔道士は「私は何も知りません」とでも言いたげに、ただ穏やかに口を閉ざして立っているだけで。

「行くぞ。さっさとしろ」
既に行く気満々のエルレーンに呼びつけられて、私は慌てて荷物を抱えて駆け出した。