紅の剣士ナバールは化け物だ。
とうとう分身までするようになった。
残像は7人見える。

そんな噂に、はもちろん心当たりがあった。



「やっぱり、二人は一緒だったんですね」
そう声をかけると、1人は迷惑そうに口を開いた。
「一緒に動いているつもりはない」
それから、もう1人は嬉しそうに。
「あれー!、久しぶり!相変わらず可愛いなぁ〜」
ナバールと、サムトー。
どうやら紅の剣士は、サムトーを撒き切れていないらしい。

「あっははは、分身ね!俺もなかなかやるもんだなー・・・っと」
二人が談笑するうちに、さっさと席を立とうとするナバールを、サムトーが慌てて追いかける。
もなんとなくそれを追った。
「・・・何故お前までついてくる」
「久しぶりに会ったんですから、もう少しゆっくりお話しませんか」
「馴れ合うつもりはない」
相変わらず、とりつくしまもない。
けれども諦めない。彼は、マルス様の素晴らしさを知り、正しい心を取り戻したはずなのだから。
「私、知ってます。ナバール殿は優しい方です」
「・・・・・・」
「マルス様もおっしゃっていました。あなたが最後にマルス様を褒めてくださったこと、とても喜んでいらっしゃったのですから」
「・・・付き合いきれん」
見事だった、と、たった一言だけれど、マルスにとっても、そしてにとっても嬉しい一言だった。
礼を言うよりも、それどころか報酬を渡すよりも前に、ナバールは姿を消してしまった。一緒にサムトーやフィーナも。
働きに見合う十分な謝礼を渡したかった、それに何より、ちゃんとお礼の言葉を伝えたかったというマルスの代わりに、せめて自分が伝えておこう。そう考えてはにこりと笑った。
「いいえ、ありがとうございます。マルス様の分まで、お礼を言わせてください」
本当はアリティア城に寄っていただけると嬉しいんですけど、と続けたが、「断る」と身も蓋もない返事に、苦笑する。
「ではせめて、ここは払わせていただきますね」
飲食代くらいでは、とても足りない報酬だが、渡すほどの手持ちがあるわけではないからしょうがない。
「サムトー殿も、一度アリティアにお寄りいただければ、報酬をお渡ししますから」
「あー魅力的な話だけどさ、今気を抜いたら、このひとに撒かれちゃうからなー」
フィーナが置き去りにされてしまったから、一層気をつけているというサムトーとの会話を聞いて、ナバールが一度、足を止めた。


「・・・俺の分の報酬があると言ったな」
サムトーとも、びっくりして立ち止まる。
「あ、はい、もちろん。受け取っていただけるのですか?」
「あの女に渡せ」
「え・・・それって、フィーナのことですか?」
ちらりとがサムトーに視線をやると、彼もうんうんと頷いた。
「そうだ。・・・俺は次の戦場へ行く。もうついてくるな」
今までとは違う、本気の拒絶の空気に、は思わず足を止めた。
それを確認してナバールは、再び歩き出す。そして、どうすればいいかと迷っているサムトーを軽く睨む。
「貴様は、来るならばさっさと来い。そんな腕で俺の名を騙るな」
サムトーは慌ててナバールを追いかけた。

ああ、ちゃんと剣を教えてあげているのね。

彼の気に刺されて足を止めたというのに、は思わず微笑んだ。
やっぱり彼は正しい心を取り戻して、正義の戦士になったのね。
本人が聞いたら心底嫌がりそうなことを考えながら、二人に手を振る。
ナバールはやっぱり、手を振り返してはくれなかったけれど、サムトーが荷物を持ったまま、器用に両手を振ってくれた。