その店の、店主が姿を消してから、既に1年以上が経っている。
はアリティアの片隅にある小さな武器屋を、久々に訪れた。帰ってきているかもという期待があったわけではないが、ただなんとなく、時々は訪れておきたかった。
どうしてこんなことになったのだろう。まったく分からない。
天馬騎士エストは、戦後ミネルバ・マリア両王女や、姉であるパオラ、カチュアと共にマルスのもとを訪れた。その時には変わった様子もなかったし、もちろんアベルとも仲睦まじく、何の心配ごとも無いように見えたのに。

長い間彼らと共にいて、も拙いながらに恋を知り、それで気付いたことが一つある。
エストの姉パオラが、アベルに好意を寄せていたこと。誰に確認をとったわけでもないが、多分そうなのだ。
自分が恋を知らなければ気付かなかっただろう。パオラと親しくなったからこそ、彼女が隠していた好意を、僅かに感じることが出来たのかもしれない。

(だけど――)
やはり、店には誰もいなかったし、誰かが戻った跡もない。
どうしてこんなことになったのだろう。
(どうして――)
ここを訪れる時はいつも、中から楽しげな笑い声が聞こえるんじゃないか、と思う。暖かな光が窓から零れているといいと思う。
けれど、やはり静寂に包まれているのを確認して、はその場にしゃがみこんだ。
「ひどいわ・・・」
パオラの気持ちに気付いて姿を消したのなら、パオラが可哀想だ。
何のために、彼女が気持ちを抑えていたのか。
大切な妹を失い、想いを寄せる人を失って。
パオラならば、ちゃんとエストとアベルのことを応援してくれたはずなのに。
幸せな二人の姿を見れば、こころは少しずつ穏やかになっていくはずだったのに。
姉のことも、恋人のことも、信用できなかったのだろうか。自分が姿を消せば、アベルとパオラがうまくいくと思った?
だとしたら――
「バカです・・・エスト殿は・・・」
私だって、エスト殿と一緒にいたい、と言ったのに。
これからもアリティアにいるのなら、ずっと仲良くしていけると、楽しみにしていたのに。



しゃがみこんだまま、どれぐらい時間が経っただろう。ふいにバサッと大きく風が起こって、は天を仰いだ。
「・・・ペガサス・・・」
眩しかったが、目を逸らすことは出来なかった。羽根がひらひらと舞い落ちる。
「ただいまー!」
それは、待っていた人の声で。

次にここを訪れる時、店の中からは楽しげな笑い声が聞こえてくるのだろう。
「こどもが出来たの。あんまりびっくりして、アベルからも逃げちゃったけど、もう大丈夫。にも心配かけたよね」
彼女の声と共に、まだ弱々しいこどもの泣き声が降ってきた。

ああ、そうか。パオラの気持ちに気付いたとか、そんな理由じゃなかったんだ。
安心した。「バカは私だわ」と、は呟いた。
彼女はいつでも真っ直ぐだ。不安になれば泣いて逃げるし、幸せであれば太陽のように笑う。まるでこどものようだけれど、それが彼女の魅力なのだろう。
蹄の音が近づいてくる。
もうすぐこの武器屋には店主が戻ってくるのだと。音に包まれて、は安堵した。