「ああ、丁度良かった」
柔らかな金の巻き毛の青年と会うのは、自分の記憶が正しければ1年以上ぶりになる。
彼はそんなことはお構いなしに、無表情のままの手を引いた。
「ロベルト殿?あ、あの、何か・・・」
「君、何でも出来るでしょ。少し手伝って」
「え?は、ええと、お久しぶりです・・・」
しょうがなく挨拶から始めれば、彼は歩き出した足を止めて意外そうに呟いた。
「ああそうか。久しぶりだね」
マイペースに変わりもないようだ。は諦めて彼について歩き出した。
少し離れてしまったロベルトが、一度振り向く。
「ついて来ないと、君、迷子になるよ」
「あっはい!」
は慌てて小走りで彼に駆け寄った。


軽く手を振って「見つけたよ」と機嫌良く告げたロベルトを、ライデンは眉間に皺を寄せたまま出迎えた。
「お前は・・・相変わらず何でも屋か」
「ちょ、ちょっと待ってください。何をするかも聞かされていないのですが」
そんなに不機嫌に言われるのは、こちらとしても心外だ。しかもロベルトはともかく、ライデンまで挨拶が無い。
「そんなことでよくついてきたな・・・」
呆れたように彼が言うので、ちらりとロベルトを睨む。
「口を挟む暇もありませんでした」
「まあいい。時間もない。引き受けてもらえるなら有難いが、今夜は予定は無いか?」
「ええ、まあ・・・」
はグルニアの視察に来たのだが、珍しく迷わなかったおかげで予定より早く到着している。彼らを手伝う為の少しの猶予は無くもない。
「今夜のパーティーについて来て欲しいんだ。ここの領主に招かれてね」
「パーティー?」
「貴族の食事会だよ。女性同伴が当然なんだけど」
ようやく説明を始めたロベルトの言葉を、ライデンが引き継ぐ。
「領主が我らに女性を宛がおうとしているのを、ベルフが嫌がっている。とはいえ、出席を断ることも出来ない関係でな・・・」
彼としても乗り気では無いらしく、眉間の皺はますます深くなった。
「知らない女性と楽しくパーティする気になれないらしいよ、彼は」
名が知れたせいで、あわよくばって女性が群がるんだよね。
そう言ってロベルトは微妙にほほえんだ。
「しかもあいつは、きっぱり断ることも出来ん。まったく」
ライデンやロベルトは、そんな女性たちを冷たくあしらうことも出来るが、ベルフは性格上そうも出来ず、今までにも幾度か嫌な思いをしたらしい。
そう聞くと、ベルフが可哀想な気がしてきた。
ベルフのことは助けたいが、しかしは貴族の食事会など出たことが無い。
まったく立ち振る舞いに自信がない。
そう告げると、ライデンは小さく息を吐いた。
「そんなことはベルフがどうとでもフォローするだろう。お前はあいつに作法の手ほどきも受けていたではないか」
「それはそうですが・・・」
「とにかく時間がない。こっちだ」
「ええっ、あの・・・」
二人に引きずられるようにして、はベルフの前に連れ出された。


彼は、ロベルトともライデンとも違った。
。お久しぶりですね」
優雅にほほえんで、まずは挨拶の言葉。それが嬉しく思えた。
「本当に久しぶり。あの、大体の事情は聞いたけれど・・・」
「事情?」
ふわりと尋ねるベルフに、の代わりにロベルトが答える。
「今日のパーティー、彼女が一緒に出てくれるって」
「え・・・?それはとても助かりますが・・・良いのですか?」
「う、自信は無いけれど、あなたが困っていると聞いたから」
覚悟を決めて頷けば、彼はとても穏やかにほほえんだ。
「ありがとう。本当に助かります。あれから、礼儀作法の方はいかがですか?」
「気をつけてはいるけれど、指導してくれる人がいなくなってしまったから・・・どうかしら」
「そうですか。では今日は、作法のお披露目だと思って。大丈夫、今見ているだけでも、とても落ち着いた良い立ち振る舞いをなさっています」
「頑張ってみるわ」
ベルフと少し話しているうちに、ロベルトもライデンも姿を消してしまった。
先に領主のところへ行ったらしい。
「あなたが一緒なら、パーティーも楽しみです」
ではドレスを選びに行きましょう、とベルフが右手を差し出す。
「えっ、あっ、え、ドレス?」
当然の話なのだが、そこまでは考えていなかった。
「着たこと、無いんだけど・・・」
「大丈夫です。あなたなら似合いますよ」
なんの根拠があってそんなことを、と思うのだけれど、ベルフがそう言うのなら少し自信が持てる気がする。相変わらず、彼の言葉には不思議な安心感があった。

さて、彼に差し出されたこの手は、きっと取るべき手なのだろう。
そっと自分の手を重ねると、ベルフはにこりとほほえんで、柔らかくその手を引いた。
「それではよろしくお願いします、。気を張らず、楽しんでください。何かあれば必ず助けますから」
「ええ。頼りにしているわ」
ほほえみ返せば、彼はゆっくりと歩き出した。
その歩調は、彼にしては珍しく弾んでいる気がする。
彼の気分が良くなったのなら覚悟を決めて手伝う甲斐もある。
は出来る限り優雅に見えるように、こころを込めた一歩を踏み出した。