「も・・・ホントにここなのかしら・・・」
二度と訪れることは無いと思っていたアンリの道の、溶けるような砂漠の真ん中で、メンバーカードを握りしめては呻いた。
このカードを持つ者だけが入れるという、秘密の店。
「そういえば、ジェイクはどうしてるかな」という主の軽い呟きに、反応してしまったのが失敗だったかもしれない。
彼から聞いた秘密の店の場所。ジェイクと出会った砂漠の、すぐ傍。ここの筈だけれど。
「自信ないわ・・・」
方向音痴っぷりには定評がある。場所が合っている自信なんて、皆無だ。
「ええと・・・ひゃっ!?」
うろうろとあてもなく砂の上を歩く彼女の足元が、急に緩んだ。
まさか砂漠に落とし穴があるなんて。
は水の入った荷物だけは死守しなければと、両手で荷物をぎゅっと握りしめた。
「やあ、お久しぶりです」
「え、あら、ベック!?ごめんなさい!」
随分と衝撃が少なかったと思ったら、何故か着地点ではベックが下敷きになっていた。
彼は気にした様子もなくを見上げてにこにこしている。
慌てて立ち上がると、ベックもゆっくりと立ち上がった。
「さんに会えるとは。たまには旧友に会いにくるのも悪くないですね」
「旧友?」
「はい。旅の途中に近くを通りがかったので、ジェイクに会いにきてみたのです」
「じゃあここが・・・秘密の店?」
改めて周囲を見回せば、確かにシンプルな台があり、それはカウンターであると言われればそんな気がする。
しかし店番の姿は無い。
はとりあえず、目の前のベックの方に向き直った。
「私も、ベックに会うとは思わなかったわ。こんなことならボニーにニンジンでも持っていれば良かった・・・って・・・あなた、ボニーは?」
「砂漠に行くのは嫌だと言ったので、留守番させてきました」
「・・・面倒だから置いてきたのね・・・」
「おや、よく分かりましたね」
相変わらずさらりと白状する男だ。まったく掴めない彼との会話を続けるのも何だか疲れるので、最初の目的を果たすことにする。
「ところで、あなたもジェイクに会いにきたんでしょ?ジェイクは?」
「ああ、お取り込み中のようなので、待っているんです」
ベックはそう言ってカウンターの奥の扉を指差した。
「?」
もそちらへ目をやると、奥から微かに声が漏れ聞こえてくる。
・・・随分と色っぽい女性の喘ぎ声だが・・・。
「・・・あの・・・あれって・・・」
「ですから、お取り込み中です」
「でっ、でも、営業中なんでしょ!?」
「秘密の店はお客が滅多に来ないようですからね」
しれっとしたいつもの顔で答えるベック。
と、奥から大声が飛んできた。
「こらベック!誤解を招くようなこと言うなよ!アンナも、また後でな」
「ええ〜、お願い!もうちょっと、ね?」
そんな色気たっぷりの声をバックに、ジェイクが顔を出した。
「よう、!・・・言っとくけど、アンナが腰痛めたからマッサージしてただけだからな」
「あ、マッサージ・・・」
なんとなく安心して、は隣のベックを軽く睨んだ。
「まあまあ、そんなに怒らないでください。ほら、「ごめんなさい」という顔をしているでしょう?」
ベックは何故か得意げだ。
「いいえ、全然」
冷たく答えれば彼は、すっとジェイクを指差した。
「彼が」
待たせたことを詫びているのか、それとも友人の悪ふざけを詫びているのか。
確かにジェイクは済まなそうな顔をしていた。
後ろからアンナがゆっくりと出て来て、営業スマイルでを迎える。
「1年ぶりのお客様だわ。何を買って行ってくださるかしら?」
メンバーカードはマルスが持っていたのだから当然といえば当然だが、それはもはや店とは言えないのではないか。ジェイクも終戦後マルスから報酬が出たから大丈夫だろうけれど、それでも彼らの生活を心配してしまう。
少しでも何か買おうと、は決心して口を開いた。
「じゃあ、弓をください」
アンナは少し驚いて、それから店の奥からチラシを一枚出してきた。
「ごめんなさいね、ここでは弓は扱っていなくて・・・。この氷の大地の支店で売ってるから、こちらへお願い」
「いえ、無理です」
もうこれ以上、過酷な旅は遠慮したい。
アンリの道のひとり旅に加えて、ベックの悪ふざけの相手をさせられて、どっと疲れたに向けて追い打ちの一言がかかった。
「大丈夫ですよ。さん、しばらく私と一緒に行きましょう」
それだけは許して欲しいと思いながらも、その申し出を無下に断ることも出来ず、大きな大きなため息が零れる。
視界の端でジェイクが、本当に済まなそうな顔で頭を下げてみせた。