パレスでの生活の穏やかさに、サムソンはのんびりと波に揺られるような気分で日々を過ごしていた。
シーマは彼の周りを忙しくうろうろしては、料理を作ってみたり、菓子を差し入れてみたり、掃除をしようとしてカップを割ってみたり、そしてそれをこの世の終わりのような顔で謝りに来てみたりする。

それが今日は、ちょっとした荒波になるのだろうな、と彼はぼんやり「それ」を見ていた。





「シーマ様!そっちが、吹きこぼれて・・・あ、きゃっ!」
「むっ、殿、どうした・・・って、あ、すまない!」
吹きこぼれている、という指摘を受けたシーマが振り向いたその手に握られた包丁で、危うく首が飛ぶところだった。は5歩ぐらい一気に飛び退ってから、引きつった笑顔を見せた。
「だ、大丈夫です。それよりスープが」
「火は止めたが・・・なんだか焦げくさくないか?それより、シーマでいいと言っただろう」
「そうだったわ、でも私のこともでいいって言ったでしょう」

言い合いも良いが、まずはその包丁を置くといい。
そんなことを思いもするけれど、あの空間に割って入れるほどに積極的ではないサムソンは、そこからそっと目を逸らして再び瞑想に入った。
もっとも、騒がしさのみなら気にせず瞑想を続けるのだが、まさか自宅で殺人事件が起こるかもしれないという状況に、どうしても気は散ってしまう。

「とにかく、これを全部入れて、くるくるっと回せばいいのよ。シーマ、お願い」
聞こえてくる説明は、随分とアバウトだ。
、これは何だったか・・・どれに入れるのだか分かるか?」
「え?・・・ええと、これだったかしら」

何より気になるのは、彼女らが一生懸命作っているその料理には、サムソンの分もあるらしいということだ。

「・・・大体出来あがったのではないか?」
「ええ。見た目は綺麗ね」
「では半分は持っていくといい。ほら、これに入れて・・・どうだ?」
「お弁当みたいで、かわいいかも。でも、食べてもらえるかしら・・・」
「何を言うか!こんなに頑張って作ったのだ。無理やり食べさせてしまえば良いのだ」
怖い台詞が聞こえてくる。
サムソンは、の差し入れ相手と、それから自分の為に祈った。
「ええ、頑張ってみるわ」

お邪魔いたしました、とにこにこ帰っていくと入れ替わりで、もじもじとシーマが顔を出した。
両手で、料理の乗ったトレイを持っている。
「あの・・・良かったら食事にしないか」
「うむ」
目の前で見つめられながらの食事では、ただでさえ落ち着かないのだが、彼女はいつもそうなのでそこは諦める事にして、サムソンはそっとスープをひと掬い。
口に入れてみた。
「すまない、スープはその、少し焦がしてしまって・・・」
シーマがもじもじと言い訳をしているのを、サムソンは何も言わずに見つめた。
(・・・焦がしたとかそういう問題では無いな)
味がしない。
いや、味はするのだが、食べ物の味でないことは確かだ。
別にサムソン自身は食べてみたことはないのだが、勇者の剣あたりを食べるとこんな味がするんじゃないだろうか思う。
殿の料理は鋼の味、と聞いていたが・・・過小評価だったのか、それともシーマの料理が混じったせいでこんな味なのか・・・)
眉ひとつ動かさずに黙々と、スプーンを口に運ぶサムソン。
味にうるさい方ではない。少々厳しいが、全て食べれば目の前の彼女は安心するだろう。
そうして無理やり全てを食べきろうか、という頃になって、シーマはわくわくと口を開いた。

「サムソン、あの・・・今日の料理は、どうだった?」



彼は、眉をぴくりと動かして、目を瞑った。
どう言おうか。彼女を傷つけたくはない。が、嘘はつけない。
両手を握りしめて息を飲むシーマ。

「・・・・・・言えぬ」

サムソンが答えられる精一杯の感想は、それだけだった。