「雪が降ってきましたね」
そっと扉を開いて戻ってきたは、部屋の主が眠っていないのを見て、静かにそう言った。
「道理で。寒くなったものだな」
読んでいた書から顔を上げたアランは、椅子に腰かけたに答えてから窓の方を振り向いた。
空はよく晴れていたけれど、冷たい風が吹き抜けて、確かに白いものがひらひらと降りてきている。
その間に彼女はごそごそと、小さな箱を取り出していた。
「それは?」
の動きに気付いて視線を戻して尋ねると、箱はそっと目の前に差し出された。
「持ってきました」
意味がよく分からず、それでもそれを受け取ってそっと開くと、中に、白いかたまり。
雪だった。
「珍しくは無いでしょうけれど、せっかくですから」
それで、わざわざ箱に詰めて持ってきたのだろうか。
アリティア王の誇る最高の近衛騎士が、庭にしゃがみこんで雪を集めているのを想像して、思わずアランは軽く笑った。
「すまないな。お前にこのようなことまでさせてしまって」
言って、それに触れる。
冷たくて、さくりと小さな音が鳴った。指の触れた部分が、ホロリと崩れていく。
どこか懐かしい気持ちがした。
「いいえ。私が好きでしていることです。こちらへ伺うことは、マルス様の望みでもあります」
は立ち上がって湯を沸かしている。
薬と料理を用意してくれているらしい。病のせいか、もう味はそう分からないから構いはしないが、それでも彼女の料理は時々ひどく飲みこみ辛い時もあった。
そのせいだろうか。彼女は城から出来上がった料理を持ってきて、温めるだけのことが多い。
戦の間は幾度も、彼女の勇猛果敢な戦いぶりを目にした。
騎士として、いつでも毅然とあろうとしていた。
そんな彼女も、ここにいる間だけはとても穏やかで、そっと柔らかく動き、柔らかく微笑む。
この時間は長くは続かないだろうと感じつつも、最後のひとときがこれほど柔らかであれば、いつまででも生きていられそうな、そんな気がする。
再び外出しようとしたの背を、アランの声が追う。
「帰るのか?」
「溶けてしまいましたから、もう一度取りに行ってきます」
枕元の箱からは、じんわりと水が染み出していた。
「そうか。昔は雪うさぎなども作ったものだ。・・・懐かしいな」
「雪うさぎ・・・。あまり器用な方では無いので、ご期待には添えないかと・・・」
苦笑して、優しい彼女は扉を静かに閉める。
それを見送って、アランはもう一度、窓の外を見た。
「綺麗な空だな・・・」
視界の端を、彼女の影がうろうろしている。庭の木の実を取ろうとしているようだった。
雪うさぎに挑戦する気だろうか。
なんとなく想像できる出来あがりに、くつくつと声を出して笑った。
ひらひらと舞う白が、陽の光を返して部屋に差し込んでいる。
その明るさと、いまだ先程の場所をうろうろと行ったり来たりする少女の姿を横目に、アランはゆっくり息を吐いた。
静かで優しい記憶が
またひとつ 増えていく
眠ろうかとも思ったが、せっかく作ってくれるらしい彼女の芸術品の出来を見なくては。
アランは読みかけの書を手にとって、再びページをめくり出した。