「。おれはもう行くからさ」
隣の部屋に移動する、ぐらいの軽さでチェイニーは別れを告げた。
荷物もろくに持っていない。
「行くって・・・どこへです」
一応確認すると、彼は「んー」と首をひねった。
「別に決めてないけどさ。ここにも長居しちまったからな」
人はすぐに死んでしまうから、深く関わるのは避けたいと、彼は言った。
しょうがないのだろう。出来ればずっとここに居て欲しいけれど、は彼を引き留めるには短すぎる命しか持っていないのだ。
「そうですか・・・残念です」
彼を慕って引き留めたとしても、それは彼を苦しめるだけだと分かる。
本当はこんな風に寂しがる顔も、見せるべきではないのかもしれない。
チェイニーは空気を変えるような明るさで口を開いた。
「そうだ、お前のこと、結構気に入ってたからさ。最後に、おれの特技見せてやるよ。会いたい奴が居れば言ってみな。誰の姿にでもなるからさ」
「会いたい人・・・」
その提案に、が最初に思い浮かべたのは祖父だった。
もう一度、祖父に会って抱きしめてもらえれば、こどもの頃に戻ったように、しあわせな気持ちになれるかもしれないと。
けれど数秒考えて、静かに首を振る。
「最後なら、あなた自身の姿で居て欲しいです。あなたの姿を、心に刻んでおきたい」
思ったままを伝えると、彼は珍しく驚いた顔をして、それから少し笑った。マルスと同じこと言うんだな、と。
「はは、やっぱり、人間も悪くないな」
誰の姿にも変わることなく、チェイニーは片手を差し出した。
握手をしてくれるのだと、も手を差し出して、チェイニーはその手を取ると、ついでのように彼女の額に軽く口づけた。
さらさらとした紅色の髪が、頬をかすめて離れていく。
「じゃあな。お前のことは好きだよ」
ひらひらと手を振って去って行ってしまう彼を、は胸を押さえて見送った。
彼が振り返らないから、涙が溢れて零れてしまいそうだった。