「マルス様、こちらでしたか」
「やあ、
君はいつもぼくを見つけてくれるね、とマルスは笑った。
「今ね、のことを考えていたんだ」
マルスがそこに腰を下ろしたので、は少し悩んでそばに立った。
「私が、何か・・・」
マズイことをしたかしら、と慌てて思い返す。
だからマルスも慌てて手を振った。
「あ、違うんだ。に悪いところがあるとか、そういうことじゃないよ、全然」
「そ・・・そうですか」
とりあえず、安堵。
マルスも、言葉が足りなかったと思ったのだろう。を振り返って、ゆっくりと話しだした。
「ぼくはね、シーダと結婚して、とても幸せなんだ」
「はい」
それはもう、ものすごくわかります。・・・とは言わなかったけれど、にだって分かる。
「だから、はどうなのかな、と思ったんだよ。君は変わらずぼくを支えていてくれてるけれど・・・大事な人がいるよね?」
「え、あ、その・・・」
急に焦り出したことで、肯定はしなくても一目瞭然。マルスは苦笑して続けた。
「君にも、幸せになって欲しいんだ」
そんなにバレるようなことはした覚えが無いのだけれど、と焦る気持ちを抑えつつ、は返す言葉を考えた。
大事な人は、いる。
いつか、元アリティア騎士であるアベルに言われたことを思い出す。

『もし大切な人ができたら気をつけるんだ。
 大切な人を二人もつことは迷いを抱えることになるかもしれない。』

自分の恋心と、マルス王への絶対的な忠誠心。
その二つの間で。

「・・・迷ったことが、一度も無かったとは言いません」
少々急な答えだったけれど、マルスは遮ることなく黙っての言葉を聞いていた。
「ですが私は、どちらも諦めたくないと思っています」
「うん」
マルスが頷いて、続きを待つ。
「・・・マルス様のお傍に居させていただいて、たくさんの人と関わって、私も少しは変化したと、自分では感じています。マルス様が私を気にかけてくださるのは、すごく有難いのですが・・・」
最後まで話す前に、目の前の主は大きく頷いた。
「自分でちゃんと考えてる、ってことで、いいんだね」
「・・・はい」
どうしてこの人は、相手の気持ちを汲めるのだろう。
本当に、大きい人だ。
この人に、すべて話しておけば良かった。そうすれば余計な心配をかけなかったかもしれない。
「安心したよ。聞いてみてよかった」
「いえ、先にご報告するべきでした。申し訳ありません」
頭を垂れてそう答えると、マルスはきょとん、とを見上げた。
「・・・、結婚するの?」
「・・・え?いえ、そのような予定は特に」
「あ、いや、いつかするとは思うけど。その時は教えて欲しいな。でも、恋人の報告は、さすがにいらないんじゃないかな・・・」
「は・・・あ、そうですか・・・そうですよね、失礼しました・・・」
「もちろん、教えてくれてもいいんだよ」
少し慌てたフォローが入る。
恋人の報告・・・確かに必要ありませんよね・・・と、いつぞやの沐浴の時のように照れてしまっているに、マルスはゆったりと告げた。

はわかりやすいからね。恋しているかどうかぐらいは、ぼくにもわかるよ」
「そ・・・・・・そうですか・・・」
にこにこしているマルスとは逆に、「わかりやすい」と言われて落ち込み気味のだったが、気を取り直してピンと背筋を伸ばすと彼女もにっこりと笑った。
「マルス様も、私のことをよく見てくださっているのですね。とても、嬉しいです」

王と、近衛騎士。
お互い大切な人がいても、この結びつきだけは一生ほどけない。
が信じることが出来るのは、それだけだ。
(私はそう信じます、アベル殿)

ここでのんびりしていては、後で他の皆に叱られるかもしれない。けれど、もう少しだけ二人でいよう。
はマルスを急かすことなく、ただ二人でゆったりとしたアリティアの空気に笑い声を溶かしていった。