「ラディ、そっち!」
「わかってる!」
軽く、跳ねるように逃げる敵を追う。あっという間に追いついて、けれど彼は剣は使わず肘打ち一発、背中に強く打ちこんで。山賊はその場に倒れ込んだ。
相変わらずの軽い身のこなし。はふうっと息をついてにこりと笑った。
「ありがとう」
立ち寄った村での山賊襲撃騒ぎに、弓ひとつではなかなか厳しいと思いながらも村人を守る為に戦いに出たにとって、ラディが通りがかったことはとても有難かった。
たった二人で徒党を組んだ山賊を全員捕らえ、尚且つ一人も殺してはいない。
ラディは剣を持っていたものの、鞘からそれを抜くことは無かった。
一人ではこうはいかなかっただろう。

「手伝ってくれて助かったわ。・・・ラディ、その剣は・・・」
抜く必要のある敵ではなかった。そう言われればそうでしかないけれど、は彼が大切に持っている鞘に視線を向けた。
「あー。おれ今、修行中なんだよね」
出来るだけ剣は使わない、って約束だからさー。と、軽い返事。
「約束って・・・シーザと?」
「そう。おれに足りないのは、せいしんりょく、らしーよ」
剣士としての修行中なのに、剣を使わない。その条件も、特に気にした風はなくラディは笑ってみせた。
「あーあ、おれ、さんについていこうかな」
「ええ?」
「だって、いろんな国を回ってるんだろ?修行に丁度いいじゃん。それに、さんと一緒にいれば楽しそうだし」
「いろんな国って・・・普段はアリティアにいるのよ?」
困ったようにそう告げれば、ちぇっと頬を膨らませる。
彼は戦時中からに懐いてくれていて、可愛い弟のようだ。
もっとも、あちらものことを兄のように思ってくれているらしい。
せめて姉なら良いのだが。
「さっきみたいに、サポートもしてあげられるのになー」
「ふふ、ありがとう」
「あ!本気にしてないな?じゃあさ、さん、おれのコイビトになってよ」
「えっ」

おおおっ!と大きなざわめきに、改めて自らの置かれた状況を思い出す。
村長に、捕らえた山賊を引き渡している最中で。
周囲には村人のほとんどが集まって、その様子を眺めていて。
そんな中、声を潜めることもない、元気の良いラディとの雑談。
村人たちがの返事を期待している。ざわめいたのも一瞬で、今はそれまで以上にしんと静まり返っている。

ラディは周囲などまるで気にした様子もない。
「ほんとは、戦争が終わったら剣はもうやめようと思ってたんだ。でもさんを助けたいから、もっと強くなりたくて」
真剣な告白の空気を和らげるにこにことした笑顔が、にとっては唯一の救いだった。
さんがマルス王に忠誠を誓うなら、おれはさんに誓うよ。どう?」
「ど、どどど・・・どうって・・・」
ついさっきまで弟のように思っていた可愛い剣士の、まさかの告白に言葉が出てこない。
数十人の村人たちからの視線を一身に浴びて、居心地の悪さでいっぱいになりながら、はなんとか声を絞り出した。
「ラディのこと、そういう風に見たことなくて・・・」
何を期待していたのか、村人たちの中から、あ〜、と落胆のため息がそこここで聞かれた。
けれど目の前の少年剣士は、まったく笑顔のまま。
「うん、知ってる。さん、これからアリティアに戻るよな?おれ、送ってくよ」
「う・・・」
相変わらず重度の方向音痴の身としては、これほど助かる申し出はない。
けれど、今告白されたばかりの彼と、アリティアまでの短くはない道のりを共に行くのは、さすがにためらわれる。
彼女の躊躇を察したのか、ラディは軽い調子で続けた。
「大丈夫大丈夫!アリティアまで送ったら、おれはまた修行に出るから」
つきまとうつもりは無いから安心してよ、と。

そういう心配をしたわけではないが、結局はその申し出を有難く受けることにした。
なにしろ遠方に出るたびに、毎回毎回迷子になっているのだ。マルスもそれを見越して、毎回長めに期間を取ってくれているぐらい。
「じゃあ、お願いするわ。ありがとう」
答えると、彼はにこっと笑って「あ、でも」と呟いた。
「・・・アリティアにつく頃にはさん、おれから離れられなくなってるかもな」
いつもの無邪気で毒気の感じられない笑顔と僅かに違う、イタズラっぽい笑顔が、ラディを普段より少しだけ大人びて見せる。
は何か反論しようと口を開きかけたが、おおー!とか、がんばれよ!とかざわめく村人たちの声と、大きな拍手にかき消された。
ラディは既に、いつもの無邪気な笑顔で村人たちに向けて手を振っていて。
「相変わらず調子のいいヤツだ」というシーザの呟きが聞こえた気がして、は諦めたようにクスリとほほえんだ。