「わあ・・・本当に、どれでも見て良いの?」
一部屋すべてが本に埋まった薄暗い部屋で、はその暗さなどものともせずに、輝くような明るい笑顔で振り返った。
「ああ。必要なら、持って帰ってもいい」
「すごいわ、ありがとう」
が港町ワーレンを訪れると知ったシーザから、自宅への招待を受けた。
シーザの妹にマルスからの見舞いを渡し、その後「異国の戦術書などに興味がある」と街へ出ようとした彼女を、シーザは自室へと案内してくれた。
「たくさんあるのね・・・おすすめはある?」
「そうだな。異国語で難しいかもしれないが、これなんかは興味深い内容だ」
渡されたそこそこの厚さの本をそっと開くと、見たことのない文字がつらつらと並んでいて、時々図解が入っている。随所にシーザの直筆なのだろう、整った綺麗な文字で書き込みがあった。
「ん、難しいけど、あなたの補足も参考にすれば読めそうかしら」
早速表紙から読み進めてみる。1ページ目から苦戦。
しかし負けず嫌いのは諦めることなく、すぐにシーザがそばにいることも忘れて本に没頭していった。



「そろそろ発つ時間だろう」
気がつけば、夕陽が窓から射す時刻になっていた。
「え、ええっ?」
もう、こんな時間?
壁にかかった時計と、自分の持つ懐中時計も確認してみたが、やはりシーザの言うとおり、そろそろワーレンを発たなくてはならない。
「ごめんなさい・・・私、せっかくあなたが招待してくれたのに、一人で読書なんて」
「構わない。こういった本に興味があると言っていたから、最初からそれが目的でこちらへ招いた。礼も兼ねてな」
「・・・礼?」
心当たりが無いので聞き返す。戦時中も、何か借りたり教わったりと、どちらかといえばが礼を言わなければならない立場だ。
しかしシーザはゆっくりと頷いた。
「ああ、お前に期待していると言っただろう。期待を裏切らなかったことに対しての礼だ。おかげで、妹も快方に向かっている。金が入って、良い薬が買えたからな」
「そんなこと・・・あなたの力も、とても大きかったわ」
本当に、彼の言葉に甘えて、たくさんの助力をもらったと思う。
「あなたはいつでも私を助けてくれたもの」
それに対してのシーザの返事は、以前と同じだった。
「言っただろう。俺は、平時でも戦場でも、お前の力になるつもりだと。その気持ちは、今でも変わっていない」
「それで、私を招いてくれたの?でも、どうして・・・」
戦争も終わり、シーザがを気にかけたところで特にメリットは無いと、には思えた。
けれどシーザはやはり、その言葉を最初に聞いた時と同じように淡々と答えを口にした。
「自分の得になると考えてのことだ。たしかに戦争は終わったが、おれに出来る事ならまた、何でも言ってくれて構わない」
浮沈の少ない表情からは、彼の気持ちは読み取れない。けれどにはその言葉が、とても暖かく感じられた。
だから、読みかけの本を抱きしめた。
「じゃあ、悪いのだけど、今日これを借りて行っても良いかしら?」
「もちろんだ。返すのはいつでもいい。・・・ああ、だが」
ふと思いついたように、シーザの表情が少しだけ動いた。
「お前が、直接返しに来てくれ。おれからの頼みはそれだけだ」
「え?ええ、もちろん、そうさせてもらうわ」
最初から、誰か他人に頼もうなどという気はもちろん無かったが、しっかりと約束すると、ようやく彼から笑みが零れた。
いつも少し難しい顔をしていただけに、滅多に見られないそれが、の心拍数を一気に跳ね上げる。
「そうか。では次に来た時には、街を案内させてもらおう」

(あ、あれ・・・?)
急にドキドキし始めた心臓を抱きしめた本で押さえつけると、はどうにか平静を装って微笑んだ。