「慣れてらっしゃいますね・・・」
それが素直な感想だった。
俯き加減の横顔に、さらりとかかる柔らかそうな髪は、主と同じ美しい青。
綺麗だなー、としばらく見惚れた。
カップを温めた湯を一度捨てて、ホルスは手際良く用意を続けながら笑う。
「以前はそうでもなかったが、最近は時々淹れる機会があるものでな」
領主なのだから使用人に頼むこともできるだろうにと首を傾げるに、彼は続けた。
「ジョルジュ殿が立ち寄ってくださることが多くなった。こちらが伺った時には、彼はご自分で飲み物を淹れてくださる。私もそうするべきだろう」
「えっ、いいな」
「うん?」
思わず呟いた本音はホルスの耳にハッキリとは届かなかったらしい。
「な、何でもないです」
「?」
は慌てて首を振った。
彼は少し不思議そうな顔を見せたが特に追及することもなく、開いた茶葉を確認してカップへ注いでいく。

(ホルス殿と定期的にお会いしているだなんて、羨ましい)
自分は終戦後、ようやく初めて彼に会いに来たのに。ジョルジュには幾度か、主の命で会っていたが、彼は当然ホルスのことなんて話してはくれなかった。
飄々とした金の髪の弓騎士を思い出して僅かにむくれるの前に、ことんとカップが置かれる。
「わ、良い香りですね」
「先日ワーレンから届いた珍しい紅茶なんだ」
「いただきます」
立ち上る花の香りに包まれながら、テーブルの向かいにホルスが座ったのを確認してはカップに手をかけた。
早速いただこうとカップを持ち上げて、けれど視線を感じてふと顔も上げる。
湯気の向こうからこちらを穏やかに見つめるホルスと目が合った。
「・・・っ、な、なな、なんでしょうかっ?」
そんな目で見ないでくださいっ!照れるので!!
・・・というのは口には出さなかったけれど、やはり彼にはが何故焦っているのかなんて、かけらも思い至らないらしい。あたふたするを見つめたまま、にっこりと微笑んだだけだった。
「う・・・っ、いただき、ます・・・!」
思いっきり落ち着かない。落ち着かないけれど、このまま飲むしかない。
ごくん、と喉を通る音。
熱い。お茶の塊が慌てて喉を落ちて行った。胸の辺りで詰まったらしく、熱さが留まっている。
「どうだろうか?」
柔らかく尋ねる彼が、少しだけ恨めしい。
きっとおいしいお茶に違いないのに。
あなたに見つめられながら慌てて飲んだので、味なんてまったくわかりませんでした!
そんな言葉が脳裏を一瞬よぎったけれど、は奇跡的なぐらい軽やかに、にっこりと微笑んだ。
「とても、おいしいです」
「それは良かった」
ホルスから極上の笑顔が返ってきたので、自分の答えは間違っていなかったと未だ熱いままの胸を撫で下ろした。

そういえばこの人の笑顔は、マルス様に似ているかもしれない。
相手を安心させてくれる、穏やかな力のある微笑み。なんだか、許されている気になる。
だからは少しだけ、我儘を言う気になった。
「そういえばホルス殿、お茶を一緒に淹れてくださるという約束は」
「そうだったな、戦時中は慌ただしくて結局叶わなかった。殿さえ良ければ今からでも・・・」
「いえ」
少しぐらいは我儘を言っても、きっとこの人には伝わらない。
だから安心して言えるのだ。
「こちらには任務の途中で寄りましたので、もう戻らなくてはならないのです。・・・またこちらへ立ち寄らせていただいても良いでしょうか?」
ホルスはやはり予想通り、穏やかに頷いた。
「ああ、いつでも来てくれ」

再会の約束。しかも「いつでも来てくれ」だなんて!
喜んだって、彼に他意などまったく無いのは良くわかっているのだけれど。
それでも、拒否はされないのだから、まだまだ頑張ってみてもいいと思うわけで。
「ありがとうございます!今度は、アリティアの茶葉をお持ちしますね」
は、そろそろ紅茶の熱さを忘れてしまった胸を少しだけどきどきさせながら立ち上がった。
帰り際、ホルスがわざわざ出口まで送ってくれたのも、決して彼女を一人で行かせると屋敷の中で迷子になるから、ではないはずだ(だってそれなら、使用人に頼めばいいのだし!)。
まして、別れ際に彼が穏やかな微笑みとともに告げたのが、
殿がまた来てくださるのなら、毎日待つのが楽しみだ」
なんていう、喜ぶ以外に選択肢のない言葉だったからといって、決して期待などしてはいけないと分かっているけれど。
そんなこと言われたら無理にでも来てしまいますよ、と答えれば、やはりホルスには伝わらなくて。
「くれぐれも、無理はなさらぬように」と優しく諭されて、は曖昧にそっと微笑んだ。