結婚してくれないか、と。
目の前の人はそう言った、と思う。
・・・聞き間違いじゃないわよね?一応もう一度確認したい。
けれど「あの、もう一度お願いします」なんて言える雰囲気じゃない。
どんなに大変なことが起きたのかと身構えたぐらい。
カインは、今は彼女の返事を待っているのだろう。
悪い方にばかりしか考えていないのではないかと思えるような表情で黙っている。
花に囲まれた庭園には不似合いの表情に、はやっぱり聞き間違いではないのだろうと結論づけた。
恋人から結婚を申し込まれる、というのは自然な流れだ。
が。正直言うと、はまったく考えていなかった。
理由は――
「カイン殿・・・私、何も出来ないんです」
身近なひとを思い浮かべる。
たとえばカインの親友、アベルの妻エスト。
彼女は料理も上手だし、家だっていつも綺麗だし。
けれどの料理は鋼の味だし、部屋は・・・誰にも見せられない程度には散らかっているし――カインは、女性の部屋に入ろうだなんて一かけらも考えない人物だから、見せたことは無いけれど。

「お気持ちは嬉しいのですが、・・・あ、いえ、あの、カイン殿とその・・・け、結婚というのは、自分の気持ちだけならものすごく嬉しいのですけど、本当に、私じゃお役に立てなくて・・・」
もっとお料理も整頓も出来るなら、是非そうしたい、と思う。
それを必死に伝えると、カインは難しい顔でひどく真面目に最後まで話を聞いて、それから笑った。
「エストだって、最初は何も出来なかったぞ。料理は食べられたもんじゃなかったし、家の中のものはなんでも壊す有様だった。でも練習すれば出来るようになったんだから、大丈夫だ」
それより、と彼は一歩踏み出して、の両手をがしっと握った。
「気持ちが嫌でないのならば、そばに居て欲しい。おれは、お前と高め合えることも、お前に癒されることも、すべてに感謝している。その・・・」
まだ何か伝えるつもりだったのだろうけれど、急に自分の言葉が恥ずかしくなったらしい。
顔がかあーっと赤く染まって、ぱっと手を離してしまったその人を、はとても愛おしいと思えた。

「はい、わかりました。私で良ければ」
満面の笑みで真っ直ぐ彼を見上げてそう答えると、一瞬の間のあとにがばっと抱きつかれて。
「きゃっ!?」
「あ!す、すまない!つい・・・」
「え、いえ、大丈夫、です・・・」
身体を離された後に、は自分からカインの手を握りしめた。
今までだってそのつもりだったけれど、これからもずっと、この尊敬すべき、愛おしい人を支えていける。
それが嬉しくてしょうがなかった。

「あ、でも」
ふいに、思い出したようにが口を開く。
「私、従騎士時代からずっと、皆さんに教わって料理の練習をしてるんですけど、全然上達してないみたいなんです」
カインは豪快に笑う。
「だったら今度、おれの料理を振る舞おう。食べられないほどでは無いと思うぞ」
「ええと・・・それは、食べてみたいですけど、でも食べたらますます自信をなくすかと・・・」
アリティア城の、美しい花の咲き乱れる庭で、2人は目を合わせて笑い合った。