クッキーを作った話





「ぼくもクッキーつくりたいー!」
さあ明日のクッキーを作ろう、という段になって、当然と言えば当然の、息子の要求がどーんと投げつけられる。
「え?でも明日は女の子から……んー、まあいっか。一緒に作ろっか!」
フレイは微笑んで、ノエルをキッチンに招き入れた。
きっと子どもから見れば、とても楽しそうな作業に見えるであろうクッキー作り。
ダメ、とは言い難い。
「やったあー!ママ、ありがとー!」
ノエルは小さく飛び跳ねると、嬉しそうにキッチンに入ってきて、それから「あ!」とキッチンを飛び出した。
「ノエル?」
どうしたのかと待っていれば、彼はすぐに普段おままごとに使っている可愛らしいカブ柄のエプロンを手に戻ってきた。
「おりょーりには、いるよね!」
「あはは、そうだね」
頭からエプロンをかぶりわたわたと絡まっている息子の背後に回って、背中のリボンを結んでやる。
「さあ、じゃあ作るよー?材料はそろってるから、まずはこれをー、混ぜます!」
準備しておいた粉類と、卵、それにバター。
「ぼくタマゴわる!」
「はいはい」
言うと思った、とフレイは卵を差し出した。小さな手で卵を握りしめたノエルは、真剣な表情でそれを振りかぶる。
いつもフレイがするようにコンコンと調理台に打ちつけるつもりなのだけれど、ずいぶんと勢いが良さそうだ。
「ノエル、ママも手伝っていい?」
苦笑しながら声をかけると、彼は少し悩んだ。1人でやりたい。そういう年頃なのだろう。
もっと余裕のある時ならばそれもいいのだけれど、今日は失敗して卵が足りなくなるのは避けたいなあ、などと考えていると、ノエルは「うんいいよ!」と微笑んだ。
「ありがとう」
卵を握った小さな手に、自分の手を重ねる。
「はい、コンコンするね」
「うんっ」
調理台に軽く打ちつけて、ひびの入ったのを確認してから手を離す。
素早くボウルを差し出して「この中に入れてね」、そう言うとノエルは今度は両手で卵を持ち替えて、慎重にボウルの中へと割り入れた。
「やった、ノエル、大成功だね!」
「やったあ!」
にこにこと可愛い息子に微笑みかけて。
喜ぶ彼に二つ目の卵を差し出しながら、ボウルの中にざらざらと混じった殻をこっそりと拾い上げる。小さな殻が多くて大変な作業だけれど、ノエルの満足感には替えられない。

卵を数個割り、粉ふるいもやりたがり、思う存分楽しんだノエルが「ちょっときゅーけー!」とお茶を飲んでいるその間に、フレイは手早く生地を作り上げた。
あとは、形を整えて焼くだけ。おそらくノエルが一番楽しみにしている工程だ。
多めに作った生地のうちの4分の1ほどを取り分けると、ノエルの前にドンと置く。
「それはノエルの分だよ。どんな形にする?好きな形にしていいよ」
ついでに作ったチョコクッキーの生地も少し分けてやると、彼はやはり目をきらきらと輝かせて生地に手を伸ばした。
「うわあ、きいろとちゃいろがある!すきなの作っていいの?」
「うん、いいよ。かっこよくしてね?」
「はーい!」

さて、自分は市松模様にしようかな?レオンには……ベタだけどハートにして。
あ、ノエルにはどうしようかなあ。ハートだと……レオン、不満かなあ。
我が子相手すらチラチラと独占欲をのぞかせる夫を想う。
もっとも、それは不快ではないし、いつになっても愛されていることにしあわせも感じる。
まったくしょうがないなあ、とは思うけれど。
レオンがノエルを本当に愛してくれているのが分かるからこそ、自分に対する独占欲を素直に受け入れることが出来るのだ。
彼は今日、ヴィヴィアージュ邸で仕事の話。気の利く人だから、おそらくある程度ゆっくりしてから帰ってくるだろう。
「ママ、たのしそうだね」
「へっ!?」
急にノエルに声をかけられて、フレイの意識は引き戻された。
「ニコニコしてた!」
「そっ、そうかな?クッキー作るの、楽しいね」
本当は、パパのことを考えていたらそれだけでにこにこしちゃうんだよ、って。
こんな幸せな気持ちも教えてあげたいけれど、まだ自分自身、少し恥ずかしいから。
それにそんなことを口に出したら、この小さな男の子は、大好きなママが目の前の自分に夢中でなかったことに対して拗ねてしまうだろう。
ホント、親子でそっくりなんだから。

「うんっ、ぼくね、かっこいいのつくってるんだー!見て見てっ!」
「どれどれ〜?おおー!ノエルすごい!!」
彼が作っているものは、確かにちゃんと何を表わしているのか分かる。
丸い顔に、目と鼻と口がついて……この獣耳は、レオンだろう。
じゃあこっちのツインテールらしいのが、多分フレイ。
「このお髭は、ヴォルカノンさんかな?」
「うん、そうだよ!」
人の顔がたくさん並んだ調理台。町の人たちに配るのだろう。
こころ優しくすくすくと育っているノエルに、自然と顔が綻んで。
「うん、素敵にできてるね!……あれ、こっちは……」
ふと、フレイは隅の方に丸くないクッキーを発見した。
三角……の下に、長方形、さらに、細い棒がたくさん付けてある。
「これは、イカかな?」
上手に出来てるなー、なんて考えながら口にすると、ノエルは「ちがうもん!」と声を上げた。
「えっ?あ、ごめん、違った?えーと……」
「ろけっとだもん!」
「……あ、なるほど!ロケットね!おそらを飛ぶロケットね!ごめんごめん!」
そういえば最近ノエルは、空想の乗り物が集めてある絵本を気に入って、よく読んでいるのだった。
間違えたことを謝罪しながら、さらにもう一つに目をやる。
「あっ、こっちは分かるよ!パパの大好きな、お魚、でしょ?」
するとノエルは今にも泣き出しそうに大きな瞳を潤ませながら、呟いた。

「……ひこうせん……」

二度目の間違いはいけない。
「あ、そっか!ホントだ飛行船だ!かっこいいねっ!」
慌ててテンション高く褒め倒して、ちらりとノエルの表情を窺うと、未だ目は僅かに潤んでいるものの、泣かせることは免れたらしい。
彼はにこっと笑って大きく頷いた。
「おさかなに見える?じゃあ、おさかなのひこうせんだったら、パパだいすきかなぁ?」
「うん、大好きだと思うなぁ」
「じゃあこれは、パパにあげる!」
機嫌の直ったことに安堵して、フレイは彼の力作たちを丁寧に鉄板に移すと、オーブンの中へ。
さあ、焼き上がるまで、パパの話でもしながらゆっくりと待ちましょう。

ああそれからレオンには、今夜そっと「あれは飛行船だからね」と伝えておかなくちゃ、ね?