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――俺と、結婚しよう。

それは、レオンにとってもそれなりに意を決した発言ではあった。
出来る限り重くならない言い方を装ったのは、最早クセと言っても差し支えないほど普段の自分のやり方だけれど、けして簡単に音を乗せることが出来たわけではない。
彼女に愛されている自信はあって、それ以上に自分が彼女を愛している自信もあって。



――少し、考えさせてください。

そうフレイが答えた理由は、わかっているつもりだ。
もちろん本人に確かめたわけではないから、自分の考えが間違っている可能性も無くはないが。
自分の推測が間違っていたとしても、例えば最初に「一緒にはなれない」と言ったせいで、レオンではなく別に結婚を前提に付き合っている相手がいるだとか、そこまでではなくても他に好きな相手がいるだとか、そういった理由ではない。・・・そのはずだ。
彼女は即答で「はい」と答えてもおかしくないほど、むしろそれが自然な答えであるように喜んだ。それは間違いない。・・・間違いないはずだ。



「レオンさん?」
「・・・ん」
「どうか、しましたか?」
「ああ、いや。なんでもない」

どうしようもない男だと自嘲する。
彼女と出会って3年。彼女と付き合いだしてから2年が経っている。
その間、フレイは最初のレオンの発言を気にしていることなど態度に出すこともなく、ただただ待っていた。彼女が自分で言った通り、それでいいわけがなかったのに、だ。
我慢していた、と言うならレオン自身もそうだが、それはレオンの身勝手が理由だった。
結婚はしないと決め、マリアのことに心を縛られたまま、それなのにフレイを好きになり彼女を欲した。
そんな自分が我慢しなければならなかったのは当然のことだ。
理由もよく分からないままレオンを好きでいて(自惚れではない・・・と思う)、それなのに文句ひとつ言わなかったフレイが我慢し続けたことを考えれば、自分の我慢などどうでもいい。

そのはずなのに。



枷がなくなった。
それだけで、3日の我慢も出来なくなるだなんて。

「本当に、呆れるしかないな」

もっと我慢強いかと思っていたが、自分を縛っているものに縋っていただけらしい。
彼女は考えさせてくれと言ったのに。もう今すぐにでも彼女のすべてを欲している。

たとえば彼女が即答しなかった理由が、『やはりマリアのことが気になるから、気持ちの整理がつくまでは』などというものであれば、自分がどれだけ彼女だけを愛しているかを伝えたい。
そうして心をすべて預けて欲しいと。そう思えるのに。
残念ながら、そして自分の思った通り、フレイはそのような女性ではなかった。



フレイの、そしてレオンの親友である彼女を救う。それは二人の、守り人たちの、セルフィアの皆の願いだから。



おそらく彼女はその願いを叶えるまでは、と考えているのだ。
分かっている。
どれほど傷ついても、フレイは諦めない。
何度も何度も挑む、あの塔の下、ルーンプラーナ。
歩みは遅々として進まず、僅かに進んでは撤退を余儀なくされる。

ここのところ、レオンの手紙の件で中断していたが、またすぐにでもあの迷宮に挑むのだろう。



「レオンさん?本当に大丈夫ですか?」
邪気のまったくないきょとんとした顔で、フレイがレオンを見上げる。
「大丈夫じゃない、と言ったら、呆れるか」
「え?」

意味がわからず首を傾げる彼女にそっと手を伸ばし、頬に手を添える。
そのまま一度、髪から頬を撫で、ツインテールの片方を手に取って、その髪の束に優しく口付けた。

「れっ、レオンさんっ?」
「アンタが好きなんだ」
「・・・っ、ありがとう、ございます・・・」
「顔が赤いな」
「そっ・・・、そう、ですか・・・」


何だか調子が狂います、と小さくフレイは呟いた。
今までだって、手を繋いだり抱きしめたり、頬にキスしてみたりされ返してみたり、部屋でのデートだって何度もあったのに。
枷を無くしたレオンが今まで引いていた「一線」の消えたのを、なんとなく感じ取っているのだろう。


火照った顔を見せたくないのか、こちらを見てもくれなくなったフレイに嘆息して、レオンは彼女を腕の中に閉じ込めた。
フレイに抗議されるよりも――何を言われるよりも前に、ぽそりと呟く。

「カッコつけるんじゃなかったな」
「え??」

いつまででも待つ、だなんて。
言うんじゃなかった。
こんなにも、苦しい。不安になる。
本当は、セルザのことが理由じゃなかったら?
馬鹿馬鹿しい。そんな筈は無いのに。

いや、苦しいだとか不安だとか、それはただの言い訳で。
そんなことよりもただ、ただひたすらに。



――触れたい――。



駄目だ。彼女の答えを受け取るまでは。
腕の中に閉じ込めた小さな彼女は、まるですべてが心臓になったかのように全身がドキドキと高鳴っている。
離したくない。

今日で3日目。
多分、『少し』考えさせて下さい、と言った以上、彼女は今日、一応の返事をするつもりだ。
それはきっと「セルザを救い出すまでは」という返事で。


だから、苦しさや不安は消えるだろう。
彼女の愛が確かに自分にあることも改めて分かるのだろう。

そこまですべて、分かっているというのに。
それでもレオンはフレイを抱きしめたその腕を解くことが出来なかった。



『彼女に触れたい、すべてが欲しい』



その願いが今すぐ満たされないことに不満を持てる身ではないと、理解しているのに。

本当に、呆れるしかない。どうしようもない男だ。
もう一度、両腕に軽く力を込めて――レオンはその腕の中から、愛する彼女をそっと解放した。