甘 味





察しの良すぎる程に良い彼が、いったい何のことを言われているか、わからないわけがない。
「珍しいじゃないか、ジョルジュ」
けれどジョルジュはわざと、気付かないフリをした。
「何の話だ」
「・・・わかっているくせに誤魔化すとは、余程触れられたくない話題のようだな」
「・・・お前はいつの間に、そんな深読みなどするようになった?」
「お前の影響じゃないのか?」
「・・・・・・」
勝った、とは言わない。が、こんな風に対等に言い合ったことさえ、今までに覚えが無い。
いつでもアストリアは、ジョルジュの話術に良いようにハマっては、からかわれていたのだから。
ジョルジュは言い返して来なかった。しかしヤツがこれで終わる筈がない、とアストリアは踏んでいた。
なんとしても、何か仕返しをしてくるだろう。今日こそは負けるものか。騙されるものか。
「それで、どうしたんだ。たまにはオレがお前の悩みを聞いたって良いだろう」
こうして警戒しながらも、友のことを気に掛けているのは事実。
なんだかんだとジョルジュはいつもアストリアに、的確な助けの手を差し伸べてくれるのだ。
たまには自分だって、ジョルジュを助けてみたいではないか。
「悩んでいるように見えるか」
いつもの余裕の表情で、彼は尋ねた。それはもう、彼のことを深く知らない者ならば、これほどの余裕を見せられて、まさか「悩んでいる」などとは思い至らないに違いない。だが。
「お前との付き合いが、どれだけ長いと思っている。隠せるものか」
アストリアは自信満々に答えた。
自分は、的確な助言など出来るタイプでは無いと思っている。
だからせめて、彼が悩んでいることに、気付いてやるぐらいはしたい。自分ばかりが助けられていては、友として不甲斐ないではないか!
それにしては攻撃的な態度だが、これが彼らの普段のやり取りなのだ。
そして、口には出さないものの、ジョルジュはいつもアストリアとのやり取りを楽しんでいた。


「・・・そうだな。お前になら、話しても良いかもしれないな」
ジョルジュはふっと息を吐いた。その憂いの表情に、「重症かもしれん」とアストリアは身構える。
「長くなるが、いいか?」
お前になら。そう言われたことで、アストリアの気持ちはもう決まっていた。ここで聞かずにどうするのだ。
「もちろん。何でも聞くぞ。たまにはオレにも頼ってくれ」
「そうか・・・実はな・・・」
ごくりと、アストリアの喉が鳴る。
ものすごく重大な秘密を話される気がする。自分になにか、出来る事があるだろうか?いや、無くても考えなくてはならない。友がここまで憔悴しているのだ。今度はオレが助ける。
「・・・お前は知っているか?ワーレンにアカネイアナッツのアイスがあったのを」
「・・・初耳だが」
アカネイアナッツのアイス?なんだそれは?こいつは、一体何の話をしている?
戸惑うアストリアには構わず、ジョルジュは極めて深刻な顔で話し続ける。
「先日ワーレンの傭兵であるラディに聞いたんだが・・・」
ラディ。ああ、あの剣士か。顔が思い出せない。何故かミディアの飼っていた小型犬のイメージが浮かぶ。
「・・・その店は、既に潰れてしまったらしい」
「・・・」
「・・・」
沈黙が流れた。ジョルジュの言葉がそれ以上続かないのを確認して、アストリアは一生懸命考えた末、やっと口を開いた。
「なんだそれは!」
たっぷり時間をかけて、話した内容がそれかと、本気で憤慨するアストリアに、ジョルジュはようやく深刻な顔を崩した。
「ははっ、もう少し捻った答えが欲しかったな」
「ふざけるな!」
真面目に聞いていればこれだ。
きっと悩みがあるのだろう。こんな、どうでもいい内容ではなくて、本当に。けれど、自分には話すことが出来ないのだろうか。
怒りながらも、残りの半分は残念な気持ちでいっぱいになっていた彼に、ジョルジュは軽い調子で続けた。
「今な。好きな相手がいるんだ。彼女をその店に連れて行ってやりたかった」
本当に味が良かった、と。平然とそう続けるジョルジュに、アストリアは今度こそ固まってしまう。
「・・・なんだと?」
「ん?」
察しの良すぎる程に良い彼が、いったい何のことを責められているか、わからないわけがない。
「どうして最初からそれを言わない!」
「すんなり話しても、面白くないだろう」
「オレはそんな面白みは求めていない!」
怒るアストリアと、笑うジョルジュ。
そこへ、コンコンとノックの音がした。



「すみません、ジョルジュ殿、です。こちらにアストリア殿はいらっしゃいませんか?」
「ああ、入ってくれ」
「失礼します」
扉を開けると、憮然とした表情のアストリアが座っていて、それから未だ小さく笑い続けるジョルジュが彼と向かい合っていて。
不思議には思ったがは取り合えず目当ての人物を見つけたので、用を済ますことにした。
「アストリア殿、ミディア殿がお探しです。約束の時間を過ぎていると・・・」
そこまで伝えると、アストリアの表情は瞬時に焦りへと変化する。
対するジョルジュは全く平気な顔。
「だから、長くなると言っただろう」
「・・・お前は・・・最初から知っていたのだな!」
「当然だ」
「くっ・・・、今日は時間が無い、もう行くからな!」
あはは、と笑ってジョルジュは、最後に彼を呼びとめた。
「アストリア」
「まだ何かあるのか!」
彼女を待たせたとなれば、後が怖い。既に手遅れではあるが飛び出していこうとしたアストリアが、律儀に振り返った。
「今度続きを話すからな。また来てくれ」
「ミディアを待たせて、無事生きていられればな!」
バタン、と荒く扉が閉まる。
は少し驚いたものの、まだ笑い続けるジョルジュに声をかけた。

「ジョルジュ殿は、アストリア殿と本当に仲が良いのですね」
「そう見えるか?」
「ええ、とても楽しそうです」
彼がどこか晴れやかなのは、やはり親友と話をしたからなのだろうと、は微笑んだ。
その微笑みに、ジョルジュは悪戯心を抑えきれず。
「楽しそう、か。お前の話をしていたからな」
そう答えて、彼女の反応に、再び笑いだした。