S . C .





「ほら」
突然目の前に差し出されたコップに驚いて顔を上げると、一緒に日課の訓練を終えたばかりのルークが立っていた。
「ありがとう」
「疲れに効くハーブティーらしいぜ」
「ん、おいしいわ。・・・・・・」
「・・・何だよ?」
じっと見つめられているのに気付いた彼は、居心地悪そうに視線を微妙に外す。
「いいえ。少し前までは、訓練後には倒れ伏して動けなかったのに、お茶を持ってきてくれる余裕まで出来たのねと思って。なんだかちょっと、悔しいわ。このお茶、ルークが淹れたの?」
冷たくて、香りも良くて、体に染み渡る。ゆっくりと味わいながら、は尋ねた。
そのルークは、一気に飲み干した空のカップを手に持ったまま、の隣に腰を下ろす。
「ああ、茶葉くれたのは、あれだ。天馬騎士の、パオラさんだけどな。くーっ、あの人も、美人だよな!」
彼が言うには、以前にひどくハードな訓練をして倒れたのことを気にして、パオラがお茶を差し入れてくれたそうだ。
「お前、悔しいからって、訓練の量5倍とかにすんなよ?」
「わかってるわよ」

が飲み終えるまで待つ気なのか、ルークは立ち上がらなかった。
も、急いで飲み終えようとはしなかった。
激しい訓練を終えたばかりなのだから、少し休憩していてもいいだろうと、そう思った。
こくんと、時折お茶を飲み込む音だけが聞こえる。
「・・・どうしてルークに渡したのかしら」
気持ちの良い静寂は、の零した呟きによって破られた。
「そりゃお前・・・」
どう言おうか、一瞬考えたけれど、彼女相手に飾ることも無い。思ったままを口にする。
「お前に茶葉渡したって、消し炭になるんだろ?」
「失礼ね。お茶ぐらい淹れられるわよ。たぶん」
「・・・多分なのかよ・・・」
再び静寂。
こんなにいい香りがするのに、彼女にかかれば鋼茶の完成なんだろうな、ああこれでも頑張れば「こうちゃ」って読めるよな、などと、どうしようもなくしょうもないことをふつふつと考えて、ルークは一人ため息をついた。
はそれを、少し怪訝な表情で見やったけれど、特に咎めることもなく、残ったお茶を飲み干す。さっぱりとした後味に、身体が軽くなる気がした。

「せっかくだから今度、訓練後にお茶会でもする?」
今度セシルと一緒に、ケーキ焼いてみるって約束してるのよね、と嬉しそうに笑う目の前の少女。
「・・・残念だけどオレは、その日はゼッタイ抜けられない用事が入るな・・・」
「何よそれ」
「まだ死ぬわけにはいかねーだろー!」
「大丈夫よ、あなたの予定に合わせてあげるから。楽しみね」
あまりにも恐ろしい提案に、ルークは怯えの色を隠せない。
「せめて一緒に作るのはオレかロディとにしてくれ・・・オレにはまだやり残したことが・・・」
「じゃあ、今度一緒に作りましょ」
はさらりとそう答えると、よいしょ、と立ち上がった。
空のカップから、ハーブの良い香りが微かに舞い上がる。
彼女はまだ座ったままのルークに手を差し伸べると、にっこりと微笑んだ。