ぼくのとなりで君が、
「静かなんですね」
「うん?」
「アカネイアって、もっとなんていうか・・・一日中にぎやかなのかと思っていました」
酒場などから盛り上がった声こそ聞こえてくるものの、大通り沿いの建物の多くは既に灯りが消されて、しんと静まっている。
「ああ。まあ今は治安もそんなに良くないからね。しょうがないよ」
「そうですね」
がアカネイアを訪問した際にはいつも、僅かながら時間を取って会ってはいたが、夜に外に出るのは初めてだった。
いつ見ても変わらない、ピンと背筋を伸ばした綺麗な姿勢。
ゴードンだって彼女に負けないぐらいいつでも頑張っているつもりだけれど、それでも会うたびに自分のことを見つめ直す良い機会になる。
知らないうちに顔が綻んでも、今なら暗いから大丈夫。
笑顔で半歩先を歩くゴードンの後ろで、は少し歩調を落とした。
「・・・?どうしたの、」
「えっ」
「疲れた?休もうか?あ、それとも、そろそろ戻る?」
「あっ、いえ、あの、」
暗いからはっきりとは見えないけれど、明らかにうろたえた彼女の様子がますます心配になって。近くのベンチに誘うと、思いの外すんなりとは頷いた。
その手を軽く握って引くと、てくてくとついてくる。
「大丈夫?」
さっきから、尋ねてばかり。
どうして彼女のこと、ちゃんと分かってあげられないのだろう。
分からないのだから尋ねるしかない。
俯いたの顔を、覗き込んで良いものかどうかも判断できず、ゴードンは彼女に視線を向けるに留めた。
「あの、ごめんなさい・・・私」
「うん」
口を開いてもらえたことに安堵してゆっくりと頷くと、は勢い良く顔を上げた。
「私っ、もう少し、一緒に・・・いたくて・・・それだけで」
上げた顔はすぐに、元よりさらに沈んでいったけれど。
「うん」
「歩くの・・・早いなって・・・その・・・」
ここで笑うのは失礼だろうか。
口元が綻ぶのはもう、しょうがないだろう。
「ごめんね。すぐに分からなくて。・・・もう少し、座って話していこうか」
夜とはいえ、気候は穏やかだ。ここにいても問題は無いだろう。
ゴードンの言葉に、はもう一度顔を上げた。
「ありがとうございます」
それがほっとした響きだったから、暗くて表情が見えないことが、少しだけもったいないな、と思う。
「私がちゃんと言えば良かったんです。ご心配おかけしてすみません」
はいつも通り真面目に、真っ直ぐゴードンに視線を向けた。
「どんなに言葉にしたって想いの全ては伝わらないのに、何も言わずに分かって欲しいだなんて」
その言葉は彼女自身に向けられていたのだろうけれど、ゴードンはそっと息を詰めた。
「そうだね。・・・うん、そうだよね」
どんなに言葉にしたって、想いの全ては伝わらないけれど。
だから伝えたい出来る限りを言葉にしよう。きっとそのために、言葉を持っているのだから。
「。ぼくは、が好きだよ」
「え・・・」
思っていたよりも、ずっとすんなりと言葉は出た。
まるで、言いたくてしょうがなくてずっとずっと溜めこんでいたものが、するりと零れ落ちるように。
「あ、ええと、あの、さ、催促したわけでは」
「うん、わかってるよ。ぼくが言いたくなったんだ。が思ってるよりきっと、もっと好きだよ」
「う・・・恥ずかしい、です・・・」
「あ、ごめん」
さっきまで、暗くてよく見えないと思っていた表情が、綺麗に見える気がする。
闇に目が慣れてきたのかもしれないし、気のせいなのかもしれない。
目を伏せて頬を紅く染めた、大好きな彼女の姿がよく見える。
「でも、嬉しいです」
こういう時、は決して俯いたままで居ないだろうというゴードンの予想通り、彼女は顔を上げてほほえんだ。
「私も、大好きです」
綺麗な笑顔で告げる彼女を、ぎゅっと抱きしめる。
「ありがとう、」
今はもう少し、小さな身体を抱きしめていたい。
ぼくのとなりで君が笑う、その表情が見えないのはとてもとてももったいないけれど、でも今きっと彼女は笑ってくれているから。
「うん。やっぱり好きだ」
力強く頷いて、ゴードンはそっと腕の力を緩めると、に向けて穏やかにほほえみかけた。灯りがともるように彼女の笑顔と絡まって、彼女がそっと目を閉じる。
「あの」
一瞬の間を持って口を開きかけたの、その唇を軽く封じて。
「それぐらいは、言わなくてもわかるよ」
「は、はい」
染まった頬を両手で押さえる姿が可愛らしくて、ゴードンは再び彼女を強く抱きしめた。
お題配布元:
「確かに恋だった」さま