その日、軍内に衝撃が走った。
「近衛騎士殿が、手作りチョコを男性陣に用意するらしい」
全滅を予感させるそんな噂が、軍内を駆け抜けたから。



1.ブラックナイツ

「ロベルト?何をしているんです?」
ベルフがライデンと共にあてがわれた部屋に戻ると、ロベルトは床に座り込んで色とりどりの花に囲まれていた。
「ん、花束の用意」
振り返りもせずに黙々と花を選び出しながら、彼はそれが当然の行為であるとでも言いたげな口調で答えた。
二人は顔を見合わせて、近寄ればその行動の意味がわかるだろうかと思い、ロベルトに寄っていく。けれどやはり近寄ったところで意味がわかることはなく、ベルフは再び口を開いた。
「花束を何に使うのですか?」
「プレゼント」
「馬にか?」
ライデンの言葉にロベルトは、眉を顰めて顔を上げた。
「ライデン、本気か?」
その口調に憐れみまで込められているのを感じて、ライデンも眉を顰めた。
「冗談に決まってるだろう。こんな大量の花束を、どんな女性に渡すつもりだ」
殿に。・・・二人も渡して。そのために花束三つ用意するから」
ベルフとライデンは再び顔を見合わせた。
「私たちも、ですか?」
「そう。殿がチョコを用意するって噂は知ってる?」
「先程聞きました」
「・・・グルニアではバレンタインデーは、男性が女性に花束を渡す日なんだ」
「何!?そうなのか?」
気難しい顔のままだったライデンが焦ったように尋ねるのを、ロベルトはちらりと見やったけれど、再びベルフに向き直った。
「と、さっき決めた。だから女性からプレゼントなんて受け取れない」
さすがにベルフはすぐにロベルトの考えに気付く。
「ああなるほど。しかし、グルニア出身というなら隊ちょ・・・いえ、彼はともかく・・・ユミナ様、ユベロ様やロジャー殿もですが」
「お二人はまだお小さいし、グルニアでの暮らしは長くない。ロジャー殿・・・は、ちょっと誰だかわからないな。まあ一人ぐらい良いだろう。・・・そういうことだから」
出来あがった花束を、ロベルトがライデンに突き付ける。
急なことに面食らいながらも、勢いに負けてそれを受け取ってしまったライデンを、しばらく真顔で見つめて。
「・・・やっぱり似合わないな。早く渡してきたら?」
ロベルトはさらりとそう告げて、再び次の花束作成に取り掛かった。
「おれが一人でか!?」
ライデンは指名にうろたえて、握りしめた花束とロベルトとベルフを順に見回した。女性に花束など、渡したことがない。
既に花束に没頭しているロベルトが口を開く気配は無いので、代わりにベルフが困ったように笑った。
「男三人で花束を渡しに行く、というのは少々滑稽かと。個別に渡すのがいいと思いますよ」
「そ、そういうものか」
うろたえながらもその言葉に背中を押されるように、花束を握り締めたライデンが部屋を出て行って。
「ねえベルフ。彼女のことだから、今回これで切り抜けたとしてホワイトデーには必ずお返しをくれると思うんだけど。どうする?」
「・・・あと一カ月ありますから、その間に考えましょうか」
「そうだね」
どうにもならなかったらライデンを差し出そう。
そんな決意を胸に、ロベルトは再び花束作りに取りかかった。




2.先輩方

今までは、見た目だけは美しかった。
味は食べ物ですらなかったが、見た目はきちんと目標の料理だったのに。
「・・・アラン殿・・・」
呻くドーガの前には、泥だんごの乗った皿を手に持ったアランが少々引きつった顔で座り込んでいる。
「受け取っちゃったんですね・・・」
ゴードンが心なしか後ずさりするのを、カインが見逃さずにがっしりと腕を掴む。とはいえカインも出来ればそれを見なかったことにしたかった。
アランの身体の調子が実は良くないことぐらい、3人はちゃんと気付いている。
気付いている度合いは違えど、3人ともが思うことはただ一つ。
『この先輩に、泥だんごを食べさせるわけにはいかない』
戦うこと以外には割と無頓着な彼は、可愛い後輩が「一生懸命作ってみたんです」と差し出した泥だんごを、口にせずに捨てるという選択肢は選ばないだろう。
しかし、と3人は思う。誰が口に出したわけでもないが、確かに3人ともが同じことを考えているのがわかる。

これは 食べ物ではない

チョコレートを作っていると聞いたのに、これはどうしたことか。
練習を積んでいる割に、料理の腕は退化しているんじゃないだろうか。
「で、でも、もしかしたら今回は見た目の代わりに味がいいとか・・・」
ゴードンの呟きに、ドーガも呟き返す。
「ゴードン。試してみるといい」
「えっ!いや、ぼくは、その」
「しかしアラン殿に食べさせてもしものことがあっては」
カインは本気で最悪の事態を考えて、拳を握りしめた。
「おれが試す!」
「ええっ!?」
「・・・そうか、すまないカイン。せめて万が一に備えて癒し手にそばにいてもらおう。・・・ん?リフ殿がいらっしゃるな。リフ殿ー!」
カインの決意に応えて、ドーガがそばを通ったリフを呼びとめる。
けれど、振り返ったリフが両手で抱えた皿を見て、3人はぴたりと動きを止めた。
そこにも確かに泥だんごが鎮座していたのだから。
暑くもないのにイヤな汗の流れる数秒間。
やがてその空気に気付かないアランが、躊躇しながらも泥だんごに手を伸ばす。
「だっ、だめです!」
慌ててゴードンが皿を取り上げて。
「先に毒見を・・・!!」
「・・・毒見?」
きょとんとするアランの目の前で、ゴードンはカインの口に勢い良く泥だんごを突っ込んだ。





3.弓集団

「絶対に動かないでくださいよ・・・」
トーマスの弓がキリキリと引き絞られる。
狙いは一点に定められ。ひゅっ、と短い音が響いた。
「やった!」
的を頭に乗せて立っていたライアンは、はあー、と長いため息をついて座り込んだ。
「あの、どうしてこんなことを」
「だって、単に捨てると怪しまれるでしょう。訓練のフリをしていればバレません」
自信満々に語るトーマスの台詞に、しかしライアンはまったく納得できずに「そうかなあ・・・?」と呟いた。
自分の周囲には、砕け散った泥だんごの残骸が飛び散っている。
「おれの分も頼む」
「ザガロさん・・・意外ですね。ザガロさんは、無理してでも食べてくれそうな人だと思ってました」
ライアンが少し残念そうにそう言ったので、ザガロは慌てて言い訳を始めた。
「いや、おれだって最初はそのつもりだったんだ。だが・・・聞いただろう。アリティア騎士団のカイン殿が、生死の境を彷徨ってると」
「そうでしたね・・・よくご存知で」
「ああ。だからさすがにな・・・」
そういう理由ならしょうがない。そもそも自分も食べなかったのだから、ザガロを責めるような立場でもない。
うなされ続けていたカインの様子を思い出して、ライアンは身震いした。
「ザガロさん、一つ100Gです」
横からカシムがすっと手を出して、ザガロは躊躇なく金を払う。
とにかく早くこれを処分してしまいたいのだ。
こんなところ、これをくれた本人に見られては堪らない。
ウルフのようにすげなく断ることも出来ず、受け取ったはいいがカインの話を聞いては食べる事も出来ず。
頭を抱えるザガロの肩が、ライアンから軽く叩かれた。
「じゃ、あそこでこれを頭に乗せて立っててください」
「・・・う・・・わかった」
諦めて泥だんごを頭に乗せて、樹の下に立つ。
「絶対に、動かないでくださいね」
トーマスの弓がキリキリと引き絞られる。
狙いは一点に定められ。
「あ、さん」
ライアンの小さな呟きに、トーマスの手元が狂った。
ひゅっ、と短い音が響いて、ザガロの短い悲鳴も響く。
頬を掠めて樹に力強く突き刺さった矢を確認するために慌てて振り返ったザガロの頭から、泥だんごが地面に落ちて散らばった。


「他に誰も食べていないといいがな」
「そんな・・・、何が悪かったんでしょう」
と、それにジョルジュが訓練場のそばを足早に通り過ぎて行く。彼女のチョコを食べて倒れたカインの話をしているらしかった。
「さあな。、お前は自分の作ったチョコを見てなんとも思わなかったのか?」
「ええと・・・なんだか不格好になってしまったなあと・・・」
「そうか」
「カイン殿、大丈夫でしょうか。ウォレンが食べてくれた時は平気そうだったのに・・・」
「ひとつアドバイスをしてやろうか」
ジョルジュはそっとに耳打ちした。彼女は思わず顔を赤らめて立ち止まり、こくりと小さく息を飲んだ。
「・・・はいっ・・・」
少しでも料理が上手になれるアドバイスがもらえるのなら。
顔の近いのも我慢して、じっとジョルジュの次の言葉を待つ。
「・・・味見は、自分でするといい」


とりあえず見つからなかったことに安堵して、訓練場の数人が胸を撫で下ろした。
「ウォレンさんって、すごいんですね」
いつも無口で無表情なハンターの青年を思い出しながら、ライアンは心底感心した口調で呟いた。
「ウォレン殿がすごくなければ、全員に配ろうなんていうことにはならなかったかもしれないな・・・」
ウォレンには悪いが、彼が第一犠牲者になっていれば、も考え直したのかもしれない。
カシムが臨時収入を勘定する、コインのちゃらちゃらという音だけが、しんと静まり返った訓練場に響き渡る。
「みんな、大丈夫かな」
ルークさんあたりが、断れずに食べてそうだなあ。
ライアンの小さな心配に、答える声はなく。
ザガロは落とした泥だんごを足で蹴り散らかしながら、そっと地面と同化させていった。