S . C . 4





「すみません、少し宜しいでしょうか」
外からかけられた声に、4人はぽつぽつとした会話を一斉にストップした。
?」
マルス王子とともに行動するようになってから、それほど日は経っていない。
暗黒戦争時の顔見知りもいるとはいえ、未だほとんど軍になじんではいない狼騎士団の4人が、しかし珍しく4人ともその人物を正しく認識している。
「大丈夫だ、入ってくれ」
ザガロが声をかけると、彼女はそっと部屋の中へと入ってきた。
「失礼します」
「どうした?」
ザガロとは親しいのだろうか。
ウルフは口を開く気など皆無のようだが、会話はザガロに任せてよさそうだと判断し、ロシェとビラクは黙って成り行きを見守る。
「ここのところ雨で進軍も止まっていましたから、その・・・お菓子を作ってみたんです。よければご一緒にいかがですか?」
「菓子か。久しく食べていないな」
ザガロが声を弾ませる。
その背後で、立ち上がったウルフが黙って部屋を出て行った。
「あ。ウルフ殿・・・」
「ごめん、
ロシェもようやく口を開いた。同僚の非礼を詫びる言葉に、は微笑んで首を振った。
「いえ、大丈夫です。・・・ザガロ殿、ビラク殿、ロシェ殿、甘いものは苦手ではないですか?」
「ぼくは食べたいな」
「俺も貰おう」
「良かった」
シーダさまから教えていただいたんです、今日は少しアレンジもしてみて、などと話しながら、ベルフ(こちらは3人とも誰かわからなかったのだが)が淹れたという紅茶とともにがお菓子を配る。
「いただきます」
早速ロシェが目の前に置かれた焼き菓子をひとつ、口に入れた。
「・・・・・・」
「・・・いかがですか?」
恐る恐る、といった感じで尋ねてくる彼女は、多分料理にそれほど自信がないのだろう。
どうか、と聞かれれば、マズイ。
マズイというのは語弊があるかもしれない。そもそも食べ物の味はしない。
・・・いや違うな、味というものが無い。そしてかたい。
一口サイズだったから丸々口に入れてしまったが、噛み砕ける気がしない。
これは別に自分の歯が弱いわけではなく、このお菓子がかたいのだろう。
「・・・すごいね」
「すごい?」
「味見はした?」
「食べると数が減ってしまうと思いまして、今回は・・・」
してないわけだ。
横でやはり口をもごもごさせていたビラクは、得意げな顔で指を一本立てた。
「食感は飴玉のような・・・いや、食べ物に例えるのは失礼か。岩のよう、だな。匂いは無し。そして味は・・・何だろうか、猿ぐつわを思い出す、といった感じか?どうだ2人とも!なかなかな例えだろう?」
ちらりとに目をやりながら、ロシェは「あー・・・」と曖昧に頷いた。
ザガロは、「まあ、甘くはないな」と、苦笑いで口内の菓子を遊ばせている。
こういう時ザガロは偉いよな、ビラクはちょっとな、大体猿ぐつわなんてどこで使われたんだろう、そんなことを考えながら、無駄な抵抗かもしれないが口内をなんとかしようとモグモグを繰り返すロシェの前から、残りのお菓子が素早くさらわれた。大陸最速と自負する狼騎士団よりも素早いぐらいの勢いで、がかき集めていったのだ。
「すっ、すすす、すみませんっ!あ、あの、捨てて構いませんから!」
心底恥ずかしそうに、俯いてお菓子を抱きしめたまま言い放った彼女に、3人は一度顔を見合わせてから声をかけた。
「せっかくが作ってきてくれたのに、捨てたりしないよ」
「残りは持って帰るのか?置いていってくれれば、俺は食べるが」
「気を遣わせてすまなかった。また作ったら、気が向けば持ってきてくれ。楽しみに待っているからな」
慌てて部屋を出ようとしていたは、意外そうに一度立ち止まった。
その隙にロシェが彼女の持っていた袋に手を出し、お菓子をひとつ摘み上げた。
「これは、ウルフにもあげよう」
ビラクも大きく頷いている。
「それがいいな」
「ちょ・・・ダメです!返してください!ザガロ殿、助けて・・・!」
相変わらず口内で飴玉のように菓子を遊ばせ続けるザガロは、しかし苦笑しただけで止めてくれる気配はない。
結局取り返すことは諦めて、は一礼すると「お邪魔しました」と部屋を出て行った。

「心配をかけているようだな」
「そうだね」
軍になじまない4人を、彼女なりに気にしてくれているのがわかる。とりあえず、残された紅茶は、文句無しに美味しい。
「・・・すごいよね、これ」
「・・・まあ、甘くはないな」
「・・・ザガロは偉いよね」
元々の性格もあるだろうし、団長がああだから余計に気遣いが身についているというのもあるだろう。
、また来てくれるかな」
ロシェの呟きに、ザガロはしばらく黙っていたが、やがて小さく笑った。
「いや。いつまでも心配をかけっぱなしというわけにもいかないだろう」
ビラクもやはり笑った。
「そうだな。俺も外へ出るかな」
2人の出した答えに、ロシェも笑った。
「ぼくもそうするよ。あとは・・・」
さて、戻ってこない団長はどうしようか。
「とりあえず、今日は食後にこの菓子を食べさせてやるか」
から取り上げた、小さなお菓子。
机の上にひとつだけ置かれたそれを指し示して、ザガロとビラクは楽しそうに笑っている。
久々に少し明るい空気になった。
ロシェは穏やかに小さな息を吐いて微笑んだ。