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「ちゃーん」
「きゃあっ!?」
背後からの突然の攻撃に思わず手が出たとしても、そこは責められるべきではないだろう。
厳密に言えば「攻撃」ではなかったが、まあにとっては同じようなものだ。急に抱きつかれた驚きで、思わず力加減なく鳩尾に肘打ちを叩きこんでしまい、サムトーは呻き声を残して崩れ落ちた。
「え、ちょ、サムトー殿!?ちょっと、しっかり・・・!」
ひっくり返して頬を叩いてみたが、何の反応もない。
「ど、どうしたら・・・」
発端はサムトーとはいえ、味方を傷つけたことによって軽くパニックである。
ライブで治るだろうか。とりあえずライブか。
「そんなところで何だ、道を塞ぐな」
この声は。
「エルレーン!」
「貴様か・・・」
「ちょうど良かった、お願い、助けて!」
エルレーンなら、ウェンデルについて怪我人の治療などもしているし、回復の杖を使えるはずだ。
「ライブをかけてあげて欲しいの。その・・・私のせいで気絶しちゃって」
こころをこめて頼んでみたが、彼は眉間の皺をいっそう深くして倒れたサムトーを睨みつけた。
「ライブだと?・・・いいだろう」
「ありがとう!」
表情とは裏腹に承諾をもらい、安心して2人を見つめる。
エルレーンは持っていた唯一の杖を両手で握りしめ、それをサムトーにかざした。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
もしばらくそれを見つめていたが、何も起こらない。
自身は魔法についてはほとんどわからないが、それでもライブをかけてもらったことは何度もある。このあと白い光とともに傷口が塞がっていくはず、なのだが。
「・・・あ、もしかして、ライブって怪我にしか、効かない?」
サムトーに外傷はない。だから発動しないのだろうか。
しかしエルレーンは迷惑そうに口を開いた。
「少し黙っていろ」
「あ、はい・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
やはり何も起こらない。
焦っているのだろうか、エルレーンはイライラと杖を持ち替えたりしながら力をこめているのだが。
何事も起こらないままに数分が過ぎた頃。
ようやく次の通行人が廊下を通りがかる。
「何してるんだ?」
「エッツェル殿」
なにげなくその名を呼ぶと、即座にエルレーンが振り向いた。
「・・・っ、エッツェル、殿」
そういえば、エルレーンにとっては魔道の先輩にあたる。珍しくしおらしい彼を見て、そんなことを思い出した。
「どうした?ああ、早速実践しているのか。急には難しいだろう」
「いえ・・・、いや、はい・・・」
一度は首を横に振ったエルレーンだが、結局すぐに頷き直した。
「手伝うからもう一度やってみるといい。大丈夫だ、お前ならすぐに一人で出来るようになる」
「申し訳ありません」
話についていけていないのそばで、エルレーンの構えた杖にエッツェルが手を添える。
と、同時にも見慣れた白い光が杖の先からあふれだし、サムトーの身体を包み込んだ。
「・・・よし」
エッツェルはすぐに手を離したが、光は消えない。
しばらくの発光のあとにようやく、小さな息を吐いてエルレーンは杖をおろし、深々とエッツェルに対して頭を下げた。
「ありがとうございました」
「よしてくれ。一瞬手を出しただけだ。しかし本当にすぐ、杖も使えるようになりそうだな。もう数回使ってみれば大丈夫だろう。・・・そうだな・・・」
そこで一旦言葉を止めて、エッツェルはそばでほんわりと佇んでいるに視線を向けた。
「あんたがもう一回、サムトー殿を殴り飛ばせばいいんじゃないか?」
「えっ、ええっ!?」
「はは、冗談だ。じゃあな」
何故サムトーを殴り飛ばしたことがバレているのだろう、というの疑問に答えることはなく、エッツェルはすたすたと立ち去ってしまった。
あとにはなんとなく気まずいエルレーンとの空間が残って。
「あ、ええと、杖、練習中だったのね。それなのに引き受けてくれてありがとう」
にこりとほほえむと、彼はフン、と顔を背けた。
「勘違いするな。杖を使う相手を探していただけだ」
相変わらず素直ではない答え。はそれでもほほえんだ。
「ええ、そうね。だけどやっぱり、ありがとう」
「・・・!礼などいらん!エッツェル殿がいなければ成功しなかったんだからな。くっ、まだまだ力不足か・・・」
エルレーンは呟いて、ちらりと背後に視線を向けた。
そこにはようやく起き上がって周囲を見回すサムトーがいて。
「・・・さっきの話だが」
「えっ!?いえ、それはいくらなんでも!」
「・・・そうか」
もう一度サムトーを殴り飛ばせ、だなんて、いくら相手がサムトーとはいえ遠慮したい。
「そのかわり、私が怪我をした時には、あなたに回復をお願いしに行くわね。そうだ、今から訓練するわ!ライブをかけてもらえるなら、いつもの5倍ぐらいは平気かしら」
とても良い思いつきだと思ったのだが、エルレーンは不機嫌な表情をますます不機嫌にして、叱りつけるように言った。
「そんな理由で無理をするんじゃない!」
「っ・・・」
その勢いに一度は身を竦めたけれど。
はそんな彼に、やはりにっこりと笑顔を見せた。
「心配してくれて、ありがとう」
「だ、誰が心配など!いいか、貴様には無茶をしてもライブは使わんからな!」
「わかったわ、気をつける」
大股で立ち去るエルレーンの後ろ姿を見送って、それからくるりと後ろを振り向けば、サムトーが「なんか腹が痛いんだけど・・・」などと呟いている。
どうやらに殴り飛ばされたことは覚えていないらしいので、「大丈夫ですか?」などと尋ねながら、殴り飛ばしたことはこころの奥底にそっと隠しこんだ。