呆れるほど鮮やかに、





きりきり。
力をこめて弓を引き絞る音が、一瞬止まった。
次の瞬間には、ひゅっと風を切る音に乗って矢が真っ直ぐに飛んでいく。
ゴードンに比べれば確実に小さな身体、小さな手。
どこからこの力が湧き出ているのだろうと思う。力強い矢。
見惚れている隙などない。
一本目の矢は力強すぎるほどに力強く木を揺らし、葉を散らした。
そして二本目。
「・・・!」
揃って息を詰めて、それからは弓を置くと小走りで木に駆け寄った。
「七、八、九・・・十!」
「十!すごいよ!」
今のところ、ゴードンの最高記録は九枚。それを上回る後輩の記録を、ゴードンは素直に喜んだ。
「ありがとうございます!ゴードン殿のご指導のお蔭です」
「あはは、そうだといいんだけど。ぼくもに負けないように頑張らなくちゃね」
後輩、弟、それにもちろん師匠。皆手ごわいライバルだ。
ゴードンも静かに弓を手に取ると、再びきりりと構えてみせた。
が慌てて木から離れるのを確認してから呼吸を整える。
目を閉じて、矢を放つ姿勢をイメージする。
そのイメージは、師が弓を構える姿とはかけ離れている。自分が彼のようにはなれないのを、ゴードンは最初からよく分かっていた。
それは、彼に追いつけない、という意味ではなく、ただ道筋が違うというだけだ。

始めはゴードンも、ジョルジュの真似をしようとした。
その次は、自分がジョルジュと同じようには出来ないことに気付き、届かない目標に落胆した。
けれどやがて、別のやり方でジョルジュを追えばいいことに気がついた。
それからが現れて、ジョルジュとを見ているうちに、ゴードンはまた少し考えを変えた。
自分のやり方でジョルジュを追う。その考えは変わっていないが、いつか師と並び立つことが出来たら、と考えるようになった。
以前の自分ならば、決して考えなかったことだ。
(ぼくは、ぼくのやり方で)
芯を持て。
ジョルジュの落ち着いた声が脳裏に響く。
そばではがきゅっと両手を握りしめてこちらを見つめている。

僅かに、笑って。
ゴードンの手が、矢から離れた。
静まった空気に響いた、小さく息を飲む音はのものだろう。
数えに走りはしなかったけれど、ゴードンはまた一歩、自分が前進した気がして笑顔を零した。
のんびりしている彼の代わりにが再び木に駆け寄って、葉を拾う。
「・・・八、九、十!ゴードン殿、十枚です!」
「良かった。みんなに負けてはいられないよね」
「さすがです。・・・ようやく一枚勝ったと思ったけれど、やはり簡単に勝たせてはいただけませんね」
彼女は本当に悔しそうに呟いて、それからゴードンに向き直った。
「ゴードン殿、私、負けないように頑張りますから!いつかあなたに勝ってみせます」
は、師の言う「ゆるぎないもの」を、もう持っている。
あとは技術を磨くのみなのだろう。
いつも穏やかな彼女からの宣戦布告を受けて、ゴードンは何よりもまず嬉しくなった。自分が彼女の目標のひとつであることが。
「・・・うん、そうだね」
ほほえんで、自分よりは確実に小さな彼女の、頭をぽんぽんと撫でる。
「ぼくも、負けないよ」
この真っ直ぐな彼女の、目標であり続けられるように。
ああそうか。ジョルジュもいつも、こんな気持ちでいるのかもしれない。
いつも変わらない師の姿を思い出して、目の前のに対してにこりと笑いかけると、彼女は一瞬頬を染めてからぎゅっと弓を抱きしめて、やはり嬉しそうに、呆れるほど鮮やかに、笑いかえす。
彼女の笑顔に、ジョルジュを追う自分が重なって見えて。
ゴードンは少しだけ気恥ずかしさを感じながら、こころの中で師に深く感謝した。



お題配布元:「確かに恋だった」さま