世 界





アカネイア王家に伝わる三種の神器。
そのうちの一つ、炎の聖弓パルティア。それは今、ジョルジュの手にあるはずだ。
「はず」と言うのは、何故ならは、彼がそれを手にするのを見たことがない。

「ジョルジュ殿は、パルティアをお持ちなんですよね?」
彼から借りたばかりの厚い本を6冊、抱きかかえて歩きながら、は隣を歩くその本人に向けて首を傾げた。
はそれほど背が高いわけではない。必然的に彼を見上げる形になりながら、腕の中の本をよいしょ、と抱え直す。
「ああ、今はまだ使ってはいないが・・・戦いが激化すれば、持ち出さざるを得ないだろうな」
パルティアのことは、祖父から聞いたことがある。とてスナイパー。それほどの弓に、興味が湧かないわけはなかった。
しかし、国の宝を軽々しく見せてくれとも言えない。
「・・・近いうちに必ず、使う機会がある。それまでは待ってくれ」
「は・・・あ、えっ?あ、すみません・・・」
どうやら、興味が顔に出てしまっていたらしい。俯いて謝ると、ジョルジュは宥めるように続けた。
「いや、弓騎士として、その気持ちはよく分かる。気にすることは無い」
「はあ・・・でも何だか、とにかくすみません。何というか・・・」
もちろん興味本位でパルティアを見たいな、などと考えたことに対しても恥じているが、他にも思わず俯いた理由はある。抱え直す必要もない本の束を、もう一度抱え直したところへ、クッ、とジョルジュの笑い声が降ってきた。
「そうやって何でも顔に出てしまうのは、王の近衛騎士としてはどうかと思うがな」
「・・・そうですよね・・・。コレと、方向音痴は、本当にどうにかしなくては」
もう、ど真ん中。まさに今、そのことについて落ち込んでいたのだから。
相手も悪い。稀代の策士であろうジョルジュが相手では、すべてが見透かされてしまう気がする。そのスキル、少しでいいから分けて欲しい。戦略や戦術の本をいくら読んでも、そんなところはまったくと言っていいほど向上しないのだ。
やはり天性のセンスだろうか。

「お前は、その素直さが良いんだろう。マルス王子にとってもな」
だが、とジョルジュは、の抱えた戦術書の束に目をやった。
「そんなものより、恋愛詩集でも読んでみるといい。戦い以外を知れば、お前にも、もっと余裕が出来る」
「恋愛詩集・・・」
確かに、自分の世界は狭い。ほぼ「戦う」ということに支配されている。
近衛騎士。戦えればそれでいいわけではないだろう。戦うだけなら、何も近衛騎士でなくても良いのだから。広くものは知っておくべきだと、思う。
恋愛なんて、一番苦手な分野だ。知らない場所に放り出されて「城まで戻れ」と言われるのと、にとって、難易度としては変わらない。
当然、恋愛詩集など、今まで一度も読んだことは無い。

「なんなら、オレが1から教えてもいいが」
言葉とともにその顔に浮かんでいるのは、面白がる笑み。100%冗談だ。
わかっているにも関わらず、はまたパッと頬を染めた。
「ははっ、これぐらい軽く流せ。様々なことに対応したいと思うなら、まずは世界を広げることだ」
「ち、違います!今のはジョルジュ殿の・・・!」
「ん?オレの?」
「いえ・・・」
言いかけた言葉を慌てて飲み込んで、はまた俯いてしまった。
どこまでわかっているのだろう、この人は。今言いかけた言葉すらバレているのだろうか?
ちょうど自室の前へ辿り着いたからか、それともの口から聞かなくとも言いたいことがわかっていたのか。とにかくジョルジュはそれ以上追及してはこなかった。

彼と別れて部屋に飛び込んで、は閉めたばかりの扉に背を預けたまま、ずるずると座り込んだ。
「はあ〜・・・」
(今のは、ジョルジュ殿のせいです)
言ってしまいそうだった。
ルークやサムトーなら平気だったのに。ジョルジュに冗談でも恋愛めいたことを言われると、どうしても心臓が焦ってしまう。
(そうよ。ルークならちゃんと、軽く流せたわ)



やっぱり、相手が悪い。
こちらは何でも表情に出るのに、向こうは何一つ、表情からは窺い知れない。
本当なのか、嘘なのか。言葉だって、冗談ばかり。

でもそう思うたびに。
「しょせんは打算だ」と言った彼の見せた、あまりに優しげな微笑を思い出してしまうのだ。
そして、あの時の自分の返答に、罪悪感を抱く。



(もう、本気で恋愛詩集でも読むしかないかしら・・・)
そんなことで変わるとは思えないが、今のままでは、自分があまりにジョルジュに対して不利な気しかしない。
ベルフあたりなら、嗜みとして1冊ぐらい持っていそうだ。
わざわざ貸してもらった戦術書も、今は読む気になれなかった。いつもなら、ワクワクした気持ちで表紙をめくるのに。
この本はジョルジュの私物だと思うとそれだけで、忌々しいような、居たたまれないような、なんとも言えない暗い感情が湧きたつ。
「・・・悔しい」
口に出してみる。
それは、自分の感情を表すのに正しい言葉では無かった。「なにか違う」ということだけは、自分でわかる。
それでも、戦い以外の世界を知らなすぎるは、他に今の感情を表すのに正しいと思える言葉に辿り着くことは出来なかった。