些細なおしゃべりで、





マルス様の近衛騎士の彼女は、いつも落ち着いていて、取り乱すところだとか騒いでいるところだとかそういうのは見たことがなかったし、同じ弓騎士で彼女の方が後輩だけれど、いつ追い抜かれるかと冷や冷やし続けなくちゃいけないぐらい弓の上達も早くって。
周りはすごい人ばかりだけれど、彼女もそのうちの一人に数えてた。
だからその日、いつもみたいにしゃきっと背筋を伸ばして立つ以外の彼女を初めて見かけたぼくは、彼女のことがものすごく年下に思えてしまった。

「・・・?」
声をかければびくっと大きく震えてから、はーーーーーーー、っと長い息が吐き出される。
「ゴードン殿・・・」
びっくりしました、と苦笑した彼女は、手に一枚の紙片を握りしめている。
「ごめんね、なんだか困ってたみたいだったから。・・・どうかしたの?」
彼女やライアンたちが正騎士になってからそれほど日は経っていないけれど、ジョルジュさんに代わって彼らの試験を手伝っていたこともあり、それなりに仲は良い。
「え、いえ、その」
仲が良いとはいっても、彼女にとっては先輩騎士。困っているにしても急に相談するのはやはり気が引けるのだろうか。
は視線を微妙に彷徨わせて、握りしめた紙片をちらちらと見ながら、それをゴードンに差し出すかどうかで悩んでいるようだ。
「あ、ええと、無理しないでね」
悩みを相談しろ、というわけではない。
やはり急に先輩から声をかけられたりすれば、自分だったら緊張してしまう。ゴードンは反省し、出来る限り威圧感を与えないように(とは言っても、人に威圧感なんて与えたことは無いと自負しているが)にこりとほほえんで踵を返した。
そこへ。
「ま・・・待ってください、ゴードン殿!」
思い切った、切実な声。
「あの、私・・・!」
うん。今になって思えば、本当にわかりやすい反応だったんだけど。
でもあの時はまだ、そこまで親しかったわけじゃないから、ただ「どうしたんだろう?」ってものすごく心配に思ったんだ。
だからもう一度彼女に呼びかけようとした、その時。
「私、迷子なんです!」
「・・・え?」

彼女の従騎士時代から思い返せば、既にここで暮らして1年程になる。
別に、改装なんかもしていない。いつも通りのアリティア城。
「えーと・・・え?」
もう一度。尋ね返してしまったぼくに、は顔を真っ赤に染めて「ですから・・・」と小さく呟いた。
「あっ、ごめん!うん、どこに行きたい?案内するよ」
慌ててそう口にすると、彼女はようやくほっと穏やかに息を吐いて、「すみません」と小さくほほえんだ。



   ◇◆◇◆◇



「あの時は、結構驚いたんだけど」
「そ、そんなこともありましたね・・・」
ゴードンはあの時と変わらず柔らかな笑顔で行く先を示してくれる。
あの頃と違うことといえば、長い行軍の道中でかなり親しくなったこと。
「今でもやっぱり、迷うんだね」
「え、あ、ええと、その・・・アリティア城も久しぶりなので・・・」
そんなことが言い訳にならないことぐらい、にもよくわかっている。
自分で口にしながら無理のある言い訳に、語尾はどんどん小さくなっていって。
前を行くゴードンをちらりと見上げれば、彼はちょうど、俯いたを楽しそうに眺めているところだった。
「っ・・・」
「あ、ごめんね」
ごめん、とは言いながら、その調子はまるで鼻歌でも歌いだしそうなぐらい楽しげで、だからも何だかどうでも良くなってしまって、ふっと軽く吹き出した。
「ゴードン殿は、不思議ですね」
「うん?」
「そばにいるだけで、悩みが無くなりそうです」
「ええ?それ、喜んでいいのかな」
「私はとても、好きですよ」
「そっか。それならいいか」
自分とこうして話すことで、迷ってしょんぼりと落ち込んでいたその表情に明るく花が咲くのなら。
こんなに些細なことで彼女の笑顔が見られるのなら、いつでもそばで話してあげたい。
ゴードンはそう考えて、少しだけ照れた表情をに見られないように、一歩前を元気に歩き出した。



お題配布元:「確かに恋だった」さま